「水曜日のコロッケそば」第十夜/そば所 よし田・銀座本店
正直いえば、たいして美味い!とも思っていないコロッケそばについて書き続けるのは難しい。そんなわけでこのレポートも、10回で締めようというのが当初からの目論見だった。お店のバリエーションや、立ち食いそばに関する思い入れも含めて、そのくらいは持つだろうと考えていたからだ。その最終回がきてしまった。その区切りとなる回のために温存しておいた、と言ってもいいネタをいよいよ投入することになる。それが、銀座の「よし田」だ。
⚫︎よし田 銀座
ケンタッキーフライドチキンのメニュー「コールスロー」って、食べたくなるんだけど、実はあれ、そんなにうまいと思ったことがない。正直言えば、個人的にはあれは「餌」のような食べ物だと思ってる。材料も味も、どうでもよくて、なんだか脂と化学調味料でギトギトのうまいチキンを食う合間に「ちょっと口中の雰囲気を変えたい」レベルでちょうど良い食べ物だと思っている。加えて、なんだか自分が「食うマシーン」になった気分になるのにもちょうどいい塩梅の味気なさだ。体に「燃料」が入っていく実感。むしろ、マシーンにでもなった方がいいや、と思う時もあるんだよ。実は、コロッケそばというのは、そういう食べ物なのかもしれない。うまい、まずいを論じること自体を否定する食べ物。くりかえし何度でも書くが、「燃料」と「美食」は「上下」の関係ではない。食事を楽しむためのバリエーション、選択肢だ。
ただ、忘れてはならない「食事」の楽しみ方がもうひとつある。それは「エンターテインメント」としての「食事」だ。楽しければいい、という食事。テーマレストランなんてものが未だにあるように「食べ放題」や「回転寿し」も、その演出のひとつだし、デカ盛りや、激辛メニューなんかもその類だと思う。個人的に美味いと思っていない「ラーメン二郎」は、餌としての食事と、エンターテインメントとしての食事のハイブリッドなのではないか?そして、実は「高級店」「料亭」「有名店」というのも、「美食」であることは大前提として「エンターテインメント」とのハイブリッドな食事どころなのだとも思う。
と、いうわけで、安くて、不味くて当たり前のコロッケそばには不似合いな、銀座の老舗のそばやだ。立ち食いではありませんよ!なにせ歴史的な事実として、この店が「元祖コロッケそば」の店なのだから!!(ババーンと効果音が欲しくなるレベルの大ネタなのだ)お店は、久兵衛本店もある通称、金春通り(金春湯のある通り)にある小さな間口のお店。場所柄、お酒を呑むそば屋さんなので酒の肴になりそうなものがメニューをしめている。店に入った時も、一組のスーツのおじさん二人が15:00くらいなのに板わさで日本酒をやっていた。店内薄暗く銀座というより、下町的だ。気取りもないので、男一人でもふらっと入れる店なのだ。コロッケそばは1050円は、これまでの中でも最高値!高い!と思うけど、銀座のそば屋だと思えば妥当、いや、むしろ庶民的な価格か。もりそばは500円なのだ。
そばは、ごく普通に美味い。立ち食いではない、まともなそば屋のそばだ。ただ特別うまいかというと、そういうわけでもない。呑んだ客が、しめに食べるそばなんだから上出来なんじゃないの?と思う。つゆは、辛めの関東風の日本そばのもの。すっきりしていてダシが効いているあたり、立ち食いとは次元の違いを感じる。ネギも、鴨南蛮もかくや!と思わせる大ぶりな短冊切りのものと、みじん切りが同居している。そんなわけだから、当然美味い。そして、知らない人には衝撃なのだが、この店のコロッケは、いわゆる我々の知るコロッケではない。鳥ひき肉と山芋をまぜて揚げた「鳥しんじょ」に類するものだ。これがごろんとひとつ入っている。食べやすいように四分割に包丁が入れられているので、それを箸で割って食べる。もちろん優しい味付けがいい感じだが、味はコロッケではない。なぜこんなものが元祖コロッケそばと呼ばれているのか?は、さんざんいろんなところで書かれているので簡単に紹介しておくが、要するに「洋食ブーム」が起きた明治の時代、店主がそれにあやかって「鳥しんじょ」をのせたそばを「コロッケそばでござい」と銘打ったのが始まりとのこと。いつしかそれがワンアンドオンリーとして有名になっていたが、後年、本物のコロッケを出す「立ち食いそば屋」(箱根そば)が登場して現在のような勢力図が出来上がったというわけだ。元祖のコロッケそばが、「コロッケそばらしくない」というのも、コロッケそばのいかがわしさを際立たせる良いエピソードだと思う。いずれにせよ、最終回であるところの「よし田」は、これまで十回にわたって書き連ねてきた「コロッケそば」の流れにはそぐわないわけだ。
コロッケそばは、安く、がさつで、たいして美味いわけでもなく、それでも「満足させてくれる」。そういった意味では「一流店」や「高級店」とは別の意味でのエンターテインメントでもある。あれ?そう考えれば、極端な比較対象として、「よし田」のコロッケそばを紹介した意味はあったのかもしれないな。(と、いうオチを想定していたのだ)
日々、やさぐれた食欲まかせに立ち食いのコロッケそばをかっこんでいる方々へ。気まぐれでもいい、銀座に行ったら、この店のコロッケそばを思い出し、一度は訪れてみてほしい。自分の中の「心のコロッケそば」が、一体どういうものなのか、食べ比べてみることでクリアになるに違いないから。
住所/東京都 中央区 銀座 7-7-8
アクセス/銀座駅より徒歩5分
TEL/03-3571-0526
営業時間/9:30~18:00
定休日/土日曜祝日
コロッケそば1050円
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