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日常雑記:青天の霹靂。

「夜先生、電話です。外線3番です。」

そう呼ばれた私、仕事の手を止めて「はいはい。」と電話に出た。

「はい。お電話代わりました。夜です。」
「お疲れ様です。Sです。」

私が所属している研究会で一緒に理事をしている先生だ。年齢も近いので、よく話をする。

「あー、S先生。先日の理事会、お疲れでした。」
「はいはい、お疲れ〜。」
いつもの調子で挨拶を交わす。
仕事中、同士で話をすると、なんだか和む。

「今ちょっと話して大丈夫?」
「いいですよ。」
「来月再来月の理事会、休んでください。」


意味がわからない。

「なんで?」
「次の理事会の議題は知ってる?」
「支部会会長任期満了による選考委員会でしょう?」

研究会会長の任期が今年6月で切れるため、次の会長を選ぶ会議だったはずだ。

「そう。先生、ピンと来ていないようだね。」
S先生が電話の向こうで一つ咳払いをして続けた。
「夜先生は、会長候補に選ばれています。候補者は規定により選考委員会に出られません。だから欠席してください。」

えええ〜〜〜?!

「か、か、会長?!私が支部会長に?!」
「…違う。支部会・・・ではなく、市部会・・・の会長。」
「市部会って…まさか、六県会の会長?」
「そう。」
「ええええ〜〜〜〜?!」

流石に悲鳴をあげてしまった。
処置室にいたみんなが私を振り返り、私は「スミマセン、スミマセン!」とペコペコ頭を下げた。

支部会の会員は約100人。私はココの理事をしている。
市部会は三つの支部会が集まった団体で会員数約300人。
市部会はだいぶ複雑な組織で、市部会の立場上ココの会長は自動的に県研究会の会長になり、また、近県6県の会長になる。
つまり、数千人の会員を束ねる地方の代表とのことで、国に意見ができる権限を持つ。
私はその代表候補になっているというのだ。

声量を落として再び電話に向かった。

「なに血迷ったこと言ってるんですかッ。支部会長ってだけでも畏れ多いのに、市部会長ってありえないんですけど!」
「ですよねぇ。夜先生がそう言うのもわかるけど、選考委員会で推薦されちゃったんだもん。」
「どこの誰がそんな狂った推薦したの?!まさかS先生?!」
「規定により、教えられません。でも、僕じゃないよ。」
「私にはムリッ。何より、年齢的にも早すぎる!」

S先生、諭すように言った。
「4月から働き方改革が始まるでしょう?それで本研究会も抜本的な改革をしようということで、先日の理事会で話し合ったばかりじゃない。それでまず若手をどんどん中核に入れていこうって話になったでしょ。先生もその場にいたと思うけど。」
「…いましたよ。でも、だからって何で私が市部会長?!」
「機動力を買われたんじゃない?年齢はともかく、経歴は十分だよ。」
「そんな…。」
言葉が続かない。

何年か前まで、私は仕事と研究に没頭していた。
しかし、今ではその情熱を音楽へ注いでいる。
なので、ここのところは、目立たないよう大人しく仕事をしていたつもりだ。

S先生は軽く笑う。
「でもまだ決まったわけではないから。ほかにも候補者がいるから。」
「そうだよ。私なんかよりずっと優れた人はたくさん居るはずです。」
「それでも、そんなにたくさんの候補はいないよ。
今日電話したのは、先生に引き受ける気があるのか意向を聞くためだったんだけど。どうですか。」
「ムリ。そんなの私には背負えない。そう言ってください。S先生、おねがいだから『あの人ではムリ』って意見してください〜。」
S先生、鼻で笑う。
「僕の意見なんて、どこまで通るかな。」
「そう言わずに。立候補者だっているでしょう。だって市部会長だよ。」
「立候補者がその役にふさわしいとは限らないって言ったのは、夜先生だよ。」

…言ったかもしれない。

「僕も同感だけどね。とにかく、公平に選考します。だから忠告したじゃない、派閥に属したほうがいいって。誰も守ってくれないよ。あ、呼び出しだ。それじゃ。」
通話が切れた。

受話器を置いたものの、気持ちが落ち着かず、
「ちょっと休憩してきます。」と断って、処置室を出た。

自分の奔放さが自分の首を絞めるだなんて、今の今まで思っていなかった。

上司の部屋の前を通りかかって、ふと訪ねてみようと思った。
扉をノックすると、中から「どうぞ。」と返ってきた。

「失礼します。今よろしいですか。」
書類を読んでいた上司、メガネを外して「いいですよ。」と言う。

もし選ばれてしまうと、通常業務に間違いなく支障が出る。選ばれる可能性が0でない以上、上司に話を通しておく必要がある。

事情を理解した上司、難しい表情で腕組みをした。
「それは厄介なことになったな。まぁ、選ばれたら選ばれたで夜先生なら役目を果たせると思うけど。」

マジか。

「夜先生は会長に就きたいと思ってるの?」
「いえ。まったく。」
私、即答。「でも、」と続ける。
「選ばれてしまったら、退職でもしない限り、断ってはいけないことになっています。」
「まいったな。今ここに夜先生の代わりはいないんだよ。もし決まってしまったら、代替派遣を要請するか…って、きっといないよなぁ。だって選考会はこれからで、任期は6月からなんでしょ。そんな年度途中なんて。困ったなぁ。」
「スミマセン…。」
としか、言いようがない。
「どういう結果になったかは4月中旬に連絡がありますので。またお知らせします。」
「ああ、よろしく。」

部屋を辞した。

自分の手の及ばないところで自分の運命を左右する物事が話し合われているだなんて、気持ちが悪いことこの上ない。
今まで何とか捻出していた趣味のチェロとオケの時間は大幅に削られてしまうだろう…辛すぎる。

自分ではどうしようもできないことをくよくよ考えていたって、仕方がない。
次の連絡があるまで、平常運転を心がけるようにしよう…。