まずは次元解析から
ときどき将来物理学を専門にしない人を対象に高校物理を教えることがあります。そのときは次のようなことを念頭に入れることが多いです。
① 次元解析
② 普遍性の確認
③ 帰納と演繹の往来
個人的にはあまり物理は昔は得意ではなかったです。その理由としてはかつては日常で培われる「物理のセンス」がなかったからだと思っていました。もちろんその日常的に培われる考え方も大切です(机上の勉強以外の勉強も大切というのはそういうこと)が, 一方で素朴概念が悪さをすることもあるので日常的なセンスだけで物理を乗り切れるわけではありません(MIF誤概念が有名です。たとえば物を上に投げたら上向きの力がある等)。むしろ, ちゃんと定義や公式を理解していないから苦手だったのだと思います。
私が実際いまでも物理について専門的なことを多く語れるかというとまだ不十分な感じです。でも物理学の真髄は伝えたい, 定義や公式を理解せず暗記で済ましてほしくないと思って①〜③を念頭に入れて教えています。
次元解析を培うことで得られること
このうち, 次元解析について触れます。
物理が好きな人は次元解析のどこが面白いのと思うかもしれないです。でも, そんなに大変ではないことなのでそれで物理へのハードルを下げること, 特に物理学において数的処理の側面があることを実感させる一歩としてふさわしいのではと考えています。
具体例
エネルギーを例に説明します。
エネルギーは古くから使われている用語ですが, 「仕事をする能力の総称」のように仕事と関連して定義されます。
〈重い物質を移動させる〉方がたくさん仕事し、移動させている距離が長ければそれだけたくさん仕事している、と考えます(止まっている場合は仕事0と考える)。〈重い物質を移動させる〉は少し不正確ですね, 〈移動方向にどれだけ力を及ぼしているか〉が重要です。ただし, 力Fは運動方程式より, F=ma (質量m [kg], 移動方向の加速度a [m/s^2])であり, Fの単位は [N]です。単位は掛け算することができるので、[N]=[kg m/s^2])。よって仕事W=力[N]× 移動距離[m]であり, 仕事の単位は[N m]となります。この仕事の単位を[J]と表すと、ここまでの話より, [J]=[N m]=[(kg m/s^2) m]=[kg m^2/s^2]となります。
仕事と同じ単位でエネルギーを表すことにします。したがって, エネルギーの単位も[J]であり, 再三になりますが[J]=[kg m^2/s^2]です。
運動エネルギーKは, K= 1/2 mv^2 という公式も覚えるべきかというと, いや別にある程度は覚えなくてわかるのではという気もします。重くて速度が大きい物質の方が運動エネルギーは大きいとするわけですが, エネルギーの単位にするにはmvとだけするのは不十分で, vを二乗することで[kg]×([m/s])^2=[kg m^2/s^2]すなわち[J]の単位にします。1/2は等加速度運動での仕事を考えることにより得られますが, ここでは詳しい説明は割愛します。
(重力による)位置エネルギーUは, U=mghと表されるわけですが, これも単位を考慮しますと, 質量m[kg], 重力加速度g [m/s^2], 高さh [m]なので掛けたら[kg m^2/s^2]すなわちやはり[J]の単位になります。
力学的エネルギー=運動エネルギーK + 位置エネルギーU(=一定)という話をこの後しますが, そもそも両方のエネルギーが足せるのは単位が同じだからです(単位が別のもの, たとえば60kgと10mを足すのはナンセンスです)。
* わかりやすさのため単位は[ ]の中に入れて表しています。
* 次元解析の場合はM, L, Tで書き表しますがここでは割愛。
* 無次元量に関しては, 今の話だけでは話できないのでこの説明は限界があります。
ここまで一貫して単位について考えています。単位以外の話をもっとすると時間がかかりそうで, 何の話になっているのか追いづらくなるんじゃないのかなと思います。
電気の単元でも同様です。
電流の大きさ[A]はよく川の流水量(流れが強いか)に喩えられますし, 個人的にはわかりやすい喩えなので電気はそれで昔は乗り切っていました。では, なぜそう喩えられるのかというのも, [A]はどういう単位なのかに着目すると気づきます。
[A]=[C/s]
電気量[C]=電子1個の電荷の量(絶対値は電気素量)×電子の個数
(化学において, 1molの電子が持つ電気量は96500 C(ファラデー定数F=96500 C/mol)というのも習います)
ということを加味すると, 要するに, ある場所で, 単位時間あたりに電子が何個くらい流れるのかを表します。上の喩えだと電子を水に喩えているんですね。そんな感じのニュアンスです。
*なおSI単位系ではアンペアが基本単位で, クーロンが組立単位です。
* なお, 電気素量は陽子で+, 電子でーと符号を定めるので上だけだとわかりづらいかもしれません。
一般的なのか怪しいアプローチだと思いますし, 教養向けなら物理を数式を使わず説明する方法もあり, それで巧く教えることには憧れますが, 受講生の頭に定着しやすいのは意外とこんな感じだと思っています。