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ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#1

                          佐佐木 政治

「穀物を手に眠る幼子のミイラ」と その書物には書かれていた
縁あってわたしは その写真に二度まみえることとなった
いまは新疆ウィグル地区の 文物考古研究所に納まっているこのミイラは
古代都市桜蘭の廃墟から 掘り出されたと聞く

桜蘭故城のメインマストも スパシ故城のそれも ニヤのストゥーパも
あなたの砂嵐が呼び起こす時間の縞に洗われて その眼窩がんかですらさだかでない
筮竹ぜいちくのようにバラ撒かれた 遺跡の残骸の上には
あくまでも明澄な空だけが 絶えず破算の幕を引くばかりだ

おゝこものような荒い布にくるまれ 竹の串で刺し止められたその縫せ目よ
小さな額と脚元のあたりが 仄かな朱のあかりにぬれ
片手に握ったものをしゃぶりながら眠る幼子の 永遠にひき吊られた眼窩よ

過去へも未来へも放てない 人類の 孤独な原型がここにある
あなたはその幼い握りこぶしの上に 己の名を重ね 地中深く埋葬したつもりであったが
いま世界中の電波に乗ったこの峻厳しゅんげんな面輪が ぼくらを妙なる優しさで告発するのだ


父・佐佐木政治 昭和6年長野県飯田市に生まれる。飯田高松高校卒業後、大学で仏文学を学ぶことを断念、木曽にて印刷業を営む。生涯、詩を詠み、本を作り、脳梗塞で麻痺や認識障害を患いながら最後の詩集を手作りした。

冒頭の写真はレインリリーという花です。花言葉は「期待」。晴天が続いた後にしっかり雨が降るとふわっと花が咲き始めるそうです。歩いていると道端で見かけることがあります。

父は生涯海外旅行に行ったことがありませんでした。世界地図を見たり、海外の歴史やドキュメンタリー番組をよく見ていましたから、絶対行きたかったはずです。特にフランスには行ってみたいと思っていたようです。しかし現実には、父は入退院を繰り返し、五人の子どもを抱えて生活するだけで精一杯でした。

私が高校生の時に、よく父は「海外など行かなくても、自分の魂は世界中どこへでも飛んで行けるのだ」と話していました。

異国の砂や空気を巻き込んだ言葉の積み重ねは、確かに彼がその地へ足を踏み入れたかのように情景を見せてくれている、と思うのですが、皆さんはいかがでしょうか。



亡父の詩集を改めて本にしてあげたいと思って色々やっています。楽しみながら、でも、私の活動が誰かの役に立つものでありたいと願って日々、奮闘しています。