さみだれとビール 4
うだるような暑さと日差しを横目に、俺はエアコンの温度を調整して、机上のビールセットを改めて見渡した。
4本セットのクラフトビールは、それぞれ味が異なる様だ。とりあえず、呑みはじめなのもあって一番軽い飲み辺り、と記載されているペールエールを手に取る。グラスにゆっくりと注ぐと、やや薄い金色と細かい泡が、くるくると回りながら溜まっていく。
「……おおー」
思わず声が漏れた。夏の日差しを受け、その輝きはキラキラと舞っている。ふわりと鼻を掠めるのは、どこかオレンジのような、さっぱりした香り。香りと色、じっくり楽しんでいると、泡がどんどん減っている事に気付いた。慌てて一口、口に含む。
「……んんっ! うまっ!」
所謂「ビール」の苦みが少なく、サラッと飲める。のど越しもするするっとかなり滑らかだ。そして極め付けは、鼻を抜けていく柑橘系の香り。
「うっ……めえ……!」
俺の中の「ビール」という概念が書き換わった。そう断言できるレベルで、今まで飲んだビールの中でトップクラスに美味い。
そうだ、このさっぱり加減なら、がっつりしたつまみが合うのでは。そう思い、ちくわのガリマヨ焼きに箸を伸ばした。表面がカリッとなったちくわに、マヨネーズは最強コンビだと常々俺は思っている。うまく箸で切れず、意を決してかぶりついた。
「あっちち!」
噛んだ瞬間、アツアツのガーリックマヨが口に流れ込んでくる。うん、こってりの最上級のような味わい。ちくわのうまみに、ガリマヨのコク。トドメの黒コショウで、口の中は濃厚なうま味に支配される。
そこですかさず、このペールエールをぐびりと煽った。
「~~~~~!!!!」
言葉にならないうまみが、全身をぶち抜いていく。これはやばい。俺は人をダメにするセットを生み出してしまったかもしれない、と妙な思考になる位、相性は抜群だった。もちろん、ここまで飲みやすいのであれば、ちくわを肴に、ペールエールはあっという間に完飲してしまった。
まさか1本目から、ここまで美味いとは思ってもみなかったため、自然と次の缶にも期待が高まる。次は重めと書かれた、ラガーの封を開けた。
同じようにグラスへ注ぐ。今度は先ほどと打って変わって、濃い茶色のビールと、うっすら茶色の泡がくるくると踊る。
なんだか、昔飲まされた黒ビールを彷彿とさせる色をしげしげと眺めてから、一口飲んでみる。
「おお……」
今度は俺が知っている「ビール」の苦みがガツン!と殴りにかかってきたような、しっかりした味わいが広がる。これには、コンビーフと玉ねぎの甘酢和えを一口、合わせてみるとしよう。
コンビーフの塩気と肉のうまみ、そして玉ねぎのシャキシャキ感に、甘酢のさっぱりさ、ごま油の香りが酒を催促するようで、黒ビールを口に含む。
「んー!」
これもまた美味い。ごま油やコンビーフの香りが、ビールの苦みで一掃されていくようだ。
気が付くと、つまみも、ビールも、殆ど目の前から消え、俺の腹に収まっていた。
「はー……、食った呑んだ」
まだお天道様が高いうちから飲む酒は格別だが、また美味い酒なら更に格別だ、と再認識させられた宅呑みだった。
窓から外を見ると、太陽はまだまだ高い。ふと思い立ち、残りのビールをグラスに注いで持つと、ベランダに出てみた。
途端、クーラーで冷えた体を、むわっとした外気が全身を包み、今が夏である事を再認識させられる。既に汗が、額から滲み出ている感覚がした。
セミや車の喧騒を聴きながら、ビールを一口。
「あー、幸せ」
自身の単純さに、思わず笑いが零れた。
夏は、まだまだこれからだ。
(終)