一茶両吟 壱ノ巻
【表六句】
春 象潟も けふは恨まず 花の春
春 ゆきどく吉兆 宿かほるまで
春 木々おのおの 名のり出でたる 木の芽かな
雑 親はおもへど 子猿踊らず
秋の月 三文が 霞見にけり 遠眼鏡
秋 名月しらぬ よいの格子灯
【裏十二句】
冬 山寺や 雪の底なる 鐘の声
恋 つもる玉肌 熾火と燃えん
恋 今迄は 踏まれていたに 花野かな
雑 いろはにほへと 散るに哀しき
雑 汐浜を 反故にして飛ぶ 衛かな
雑 般若にうすし 沙の足あと
冬の月 年の暮れ 人に物遣る 蔵もがな
冬 桂が餅を 禄と召しませ
雑 雉啼いて 梅に乞食の世 なりけり
雑 ののしる枝に こと葉おちらん
花 青梅に 手をかけて寝る 蛙かな
春 坊主の春は きにけらしやも
【名残表 十二句】
春 蓮の花 虱を棄つる ばかりなり
雑 とも寝の虎の 尾も隙あらば
雑 茨の花 ここを跨げと 咲きにけり
雑 よび留む声に かへりみる朝
冬 陽炎や むつましげなる つかと塚
冬 名残の雪の 松よ護らせ
雑 時鳥 我が身ばかりに ふる雨か
恋 吐息もれくる いせさきの宿
恋 五月雨や 夜もかくれぬ 山の穴
雑 狐したがふ 花魁道中
秋の月 五月雨や 雪はいづこの しなの山
秋 姨捨山は 月が照るかも
【名残裏 六句】
秋 門の木も 先ずつつがなし 夕涼み
雑 懐かしきにも 黄昏は過ぎ
雑 行く春の 町や傘売り すだれ売り
雑 時は夢なり 夢は金なり
花 いつ逢はん 身は不知火の 遠がすみ
春 春くればこの 花を枕に
【引用】『新訂 一茶俳句集』丸山一彦校注 (岩波文庫)