一茶両吟 伍ノ巻 (5)
【表六句】
春 蝶一ツ 舞台せましと 狂ふかな
春 花二ツめの 三番叟や
春 振り向けば はや美女過ぐる 柳かな
雑 売れ残りしも 芽吹きふくらめ
秋の月 衣がへ 替へても旅の しらみかな
秋 酒いさよひの 友にうつらせ
【裏十二句】
夏 青梅や 餓鬼大将が 肌脱いで
恋 男気だちも 恋は熟さじ
夏 遥拝す 御廟は白し 夏木立
雑 この蟹のまだ 旅終へじゆゑ
雑 磯清水 旅だんすほしき 木陰かな
雑 華胥に珊瑚の 竜宮めぐり
秋の月 天ひろく 地ひろく秋も ゆく秋ぞ
秋 嫁ぎの月よ 里な忘れね
雑 義仲寺へ いそぎ候 はつしぐれ
雑 巴が槍と つく薄衣
花 鳥と共に 人間くぐる 桜かな
春 添ひを失くしも 春はふたたび
【名残表 十二句】
春の月 人並に 畳の上の 月見かな
雑 おぼろに浮かぶ 団子ひとしな
雑 降る雪に 草履で旅宿 出たりけり
雑 お七が追ふや 死んだ人やも
夏 年忘れ 旅をわするる 夜もがな
夏 夏の夢みし なじみの顔がほ
雑 正月の 子供になりて 見たきかな
恋 遊ぶ手さきに 小さき恋あり
恋 煤掃きや 琴もて居わる 梅の陰
雑 道案内せよ 愛しき方まで
春 親ありと 応えてもどる 桜かな
秋の月 名残の月に 後悔散りぬ
【名残裏 六句】
春 我もけさ 清僧の部なり 梅の花
雑 にほひのこさず ただ歌に逢ふ
雑 とそ酌むも わらぢながらの 夜明かな
雑 旅棲む人の 祝いわたりて
花 むく起きの 鼻の先より かすみかな
春 佐保姫が香に 命わかやぎ
【引用】『新訂 一茶俳句集』丸山一彦校注 (岩波文庫)