一茶両吟 拾参ノ巻 (13)
【表六句】
春 不相応の 娘もちけり 桃の花
春 一歌夭夭 春わすれさせ
春 御馬の 汗さまさする 木陰かな
雑 蒼蠅驥尾と われも手ぬぐひ
秋の月 糊こはき 帷子かぶる 昼寐かな
秋 寐待にながき 命みじかし
【裏十二句】
秋 吹かれかれ 時雨きにけり 痩せ男
恋 蛇の目に引かる 袖のいそがし
恋 大根ひき 一本ずつに 空をみる
雑 太い白いの 古い若いの
雑 身じろぎの ならぬ家さへ 花の春
雑 しょっぱからうや 壺漬けの梅
冬の月 親もかう 見られし山や 冬ごもり
冬 凍月うつす 俤しらじ
雑 鷹それし 木のつんとして 月よかな
雑 のこしし羽の 窓にすて寐ん
花 枯れ芒 人に売られし 一つ家
春 よかぜ春には 歌とちらさば
【名残表 十二句】
春 おのが身に なれて火のない 炬燵かな
雑 鶯なかば 酒も極わまれ
雑 くわんくわんと 炭のおこりし 夜明けかな
雑 火桶を白く 渡らしもがな
冬 赤い実も はかり込んだる 粉炭かな
冬 辱も爆ぜやる 貧乏の灰
雑 炭もはや 俵の底ぞ 三ヶの月
恋 恋あらば燃すらん 骨までを
恋 鰒好きと 窓向きあうて 借家かな
雑 西施が乳に 痺れそのまま
秋の月 浅ましと 鰒や見るらん 人の顔
秋 朝月の身は 冷たからうに
【名残裏 六句】
冬 初雪の ふはふはかかる 小鬢かな
雑 ま早いちうに 夏の子かける
雑 初雪や 誰ぞ来よかしの 素湯土瓶
雑 いや丸くなそ 犬とよろこべ
花 ゆで汁の けぶる垣根や みぞれふる
春 梅におそわる 仙境異聞
【引用】『新訂 一茶俳句集』丸山一彦校注 (岩波文庫)