一茶両吟 拾ノ巻 (10)
【表六句】
春 大蛇の 二日目につく 茂りかな
春 啓蟄なれば 集ふ春日野
夏 五月雨の 竹に隠るる 在所かな
雑 聲はすれども つれ忘れたり
夏 五月雨や 二階住居の 艸の花
雑 もう古山の 夢も見ざらめ
【裏十二句】
夏の月 あれ程の 中州跡なし 夏の月
恋 浮名も壊せ 三味ちどり酒
恋 よき袷 はしか前とは 見ゆるなり
雑 しも人肌の 恋の花やも
雑 蚊一ツの 一日さわぐ 枕かな
雑 遺す甲斐なし 小唄ひとふし
冬の月 海の月 扇かぶつて 寝たりけり
冬 田鶴広ぐ冬や 波舞ひあれて
夏 扇から 日は暮れそむる 木陰かな
雑 ならべた松の ゆく高砂や
夏 夏山や ひと足づつに 海見ゆる
花 にほふ蜜柑の 花なつかしき
【名残表 十二句】
夏 ほつほつと 二階仕事や 五月雨
雑 もる瓦屋も 箕にありがたし
雑 家一つ 蔦と成りけり 五月雨
雑 からむ浮世の 我さきにやと
雑 寐心や 膝の上なる 土用雲
雑 小さき瞼の 何見ゆるかな
夏 活鯵や 江戸潮近き 昼の月
恋 腹に並べて 盃のつぎ
恋 打水や 挑灯しらむ 朝参り
雑 ほつれ勝山 顔かくす袖
秋 人去って 行灯消えて 桐一葉
秋の月 おちた影より 望月ひとり
【名残裏 六句】
夏 朝顔や したたか濡れし 通り雨
雑 浴衣の裾に 想い出雫く
雑 うつくしき 団扇持ちけり 未亡人
雑 あふがれてみん 過ぎしあの夏
花 わが星は どこに旅寐や 天の川
春 花の筏と 流せ佐保まで
【引用】『新訂 一茶俳句集』丸山一彦校注 (岩波文庫)