一茶両吟 肆ノ巻
【表六句】
新年 初夢に 故郷を見て 涙かな
新年 今はなき名の 歌に愛でたし
春 窓明けて 蝶を見送る 野原かな
春 芋虫の子にも 春は来るらめ
春の月 遠里や 菜の花の上の はだか蔵
雑 もちづく山も かぐやこの夜
【裏十二句】
夏 夏の暁や 牛に寐てゆく 秣刈り
夏 はだかの藁に まぎれ乳まで
夏の月 凉しさや 半月うごく 溜まり水
恋 鯉に手をうつ 水色の恋
恋 夫をば 寐せて夫の 砧かな
雑 烏夜野こだます 森のかげから
秋 朝霜に 野鍛冶が散り火 走るかな
秋 なまけの鎌ぞ なるな子羊
冬 せせなぎや 氷を走る 炊ぎ水
雑 父が落ちぬる ハレの片白
花 灯ちらちら 疱瘡小屋の 吹雪かな
春 花ちりゆくも 待てよ鶯
【名残表 十二句】
新年 元旦や さらに旅宿と おもほえず
春 あけぼのごろの 空も知りなれ
春の月 梅が香に 障子ひらけば 月夜かな
雑 ばばが天神 しぶく持ちけれ
冬 朧おぼろ 踏めば水なり 迷ひみち
冬 かまくら殿の 雪よまた来ん
春 門前や 何万石の 遠がすみ
秋の月 目覚めてみれば わが月の門
雑 寐ころんで 蝶泊らせる 外湯かな
恋 道後の処女 恋ふて化けらん
恋 いかのぼり 青葉を出でつ 入りつかな
雑 糸ひく先に 悶えて落ちぬ
【名残裏 六句】
秋 塚の花に ぬかづけば故郷 なつかしや
雑 きくに噂の 香と立ちけむ
雑 蛙鳴き 鶏なき東 しらみけり
雑 屋根なき屋根の 空に空あり
春 松そびえ 魚をどりて 春を惜しむかな
花 花と咲かせて 一果遺さじ
【引用】『新訂 一茶俳句集』丸山一彦校注 (岩波文庫)
※55番は発句に面白くないので抜かした