一茶両吟 拾弐ノ巻 (12)
【表六句】
夏 信濃路の 田植え過ぎけり いかのぼり
夏 ことはの綾よ 切れて迷はせ
春 里の女や 麦にやつれし うしろ帯
雑 餓鬼に吸われね 春先こから
秋の月 夕月の けばけばしさを 秋の風
秋 おだてて嗤ふ 虫の草草
【裏十二句】
夏 夏山の 膏ぎつたる 月よかな
恋 天女が齧る 鱧のてんぷら
恋 こやし積む 夕山畠や 散る紅葉
雑 思し棄つえず にほひ残りて
雑 日の暮れの 背中淋しき 紅葉かな
雑 踏みいる奥も 妹のあとなし
冬の月 浮嶋や うごきながらの 蝉時雨
冬 逃る術なき 蓬莱くらげ
雑 手の前に 蝶の息つぐ 茸かな
雑 背にかへられん 毒としれやも
花 北しぐれ 馬も故郷へ 向いて啼く
春 梅の香のする 母よ春かぜ
【名残表 十二句】
春 京みえて 脛をもむなり 春がすみ
雑 花一輪の 細き友かも
雑 次の間に 行灯とられし こたつかな
雑 練炭かたる 身の上ばなし
夏 晴天の 真昼にひとり 出でるかな
夏 旅おかれゆき 入道はまう
雑 三度くふ 旅もつたいな 時雨雲
恋 最後の茶屋ぞ をとめ四つたび
恋 ざぶりざぶり ざぶり雨ふる 枯れ野かな
雑 ながめの風呂の 茅もしとどに
秋の月 掌に 酒飯けぶる 今朝の霜
秋 豊穣斎ふ 融われやも
【名残裏 六句】
雑 昼ごろに もどりてたたむ 布団かな
雑 万年風雅の あかし隠さば
雑 丘の馬の 待ちあき顔や 大根引き
雑 寵児ひとつも 当てよ百姓
雑 秋寒や 行く先々は 人の家
春 かささぎほかひ 回春御殿
【引用】『新訂 一茶俳句集』丸山一彦校注 (岩波文庫)