SNS茶番劇の犠牲者になる未成年者
自民党総裁選に関連して「解雇規制緩和」という単語が独り歩きしている。その結果、概要を調べることもなく、ネガティブキャンペーンを行う人々や、政経の話題を語る界隈の人々がSNS上で口論している様子が目立つ。
「小泉構文」の場合もそうだが、一次情報を確認すれば切り抜かれた発言だと理解できる。しかし、私を含め多くの人々は、自分に直接関係のない事柄について一次情報を調べる意欲がない。ただ、メディアの切り抜きに踊らされ、ネットミームで盛り上がるだけで、最終的には誤った価値観や偏見が根付き、それが自分の人生に何の意味も持たない。
iPhoneが発売されるたびに、他国との価格を比較して「安い国ニッポン」とか「後進国の末路」といった論調で自称ビジネスインフルエンサーや日本卑下論者が騒ぎ出すのも、もはや季節の風物詩になった感がある。
どんな"ネタ"であっても、SNS上でどれだけ騒ごうが、企業の広告が売れるだけで、我々の人生にポジティブな影響を与えることはほとんどない。
その意味では、未成年者に対するSNSの利用規制は合理的に思える。結局、道具を適切に利用できる自制心や理解力のない人間にとって、SNSは可処分時間を奪われるだけの存在だ。自制心や理解力のある人間は、他者と同じだけ時間を搾取されても、SNSを有効活用し、収入や知名度を得て、それをペイしている。そうしたことに気づかず、あるいは気づいても自己のキャリアよりも「画面上の他人」が重要だと感じている人々が多いのだろう。
本気でSNSの悪影響に対処したいのであれば、年齢による規制ではなく、個人の知能レベルで規制すべきではないかと思える。しかし、そんな「差別的」な規制は現実的に不可能であり、その結果、無関係で健全な未成年者が犠牲になるのかもしれない。
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