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ショートストーリー 12 『食べられなかった僕たちは』

 僕たち三人は、まるでサラリーマンのような格好をして、夜の街をあてもなく歩いていた。道ゆく人々が着ている服や、走り去る車のテールランプや、立ち並ぶ店の外装などが美しいと思った。
 ずっと歩いていると、だんだん寒くなってきた。スーツのポケットに手を入れると、何かの感触があった。くしゃくしゃになった千円札が入っていた。両隣の男に見せると、二人もポケットの中を探り、千円札を取り出した。
 少し進んだところに飲食店があった。窓から中を覗いてみると、家族連れや恋人たちでテーブルの8割ぐらいが埋まっているようだ。僕たちは暖をとるために店の中に入った。

 4人掛けのテーブルに案内された僕たちは、置いてあったメニュー表の中で一番安いハンバーグとライスのセットを指さした。

「サラダバーはいかがですか?ただいまお得になっているのですが」

 僕は、顎にある大きなあざを左手でさすりながら、首を横に振った。

「かしこまりました。しばらくお待ちくださいませ」


 料理が来るまでの間、僕の向かいに座った男は、ずっと頬杖をつきながら隣のテーブルを見ていた。小学生ぐらいの子供がシャキシャキと音を立てながらキャベツの千切りを食べている。僕は目の前の男を見て、「頬に刻まれてるその傷、かっこいいのにな」と思った。
 やがて三人分のハンバーグセットが運ばれてきた。僕たちは黙々と、急いでいるかのように出されたものを平らげた。鉄板の上に乗っている、輪切りにされた人参を除いて。
 左隣の男が泣いているのがわかった。僕はずっと下を見て、なるべく動かず、呼吸の音を立てないようにしていた。しばらくすると、左の男は人参をフォークで突き刺して、一口で食べた。その様子を確認した僕と向かいの男も、同じように人参を口に入れた。あまり噛まずに飲み込んだ。どんな味かはわからなかった。
 目を赤くした男の眉間の傷は付けられたばかりなのだろう。生々しくて、痛そうだった。

 会計を済ませた僕たちは店を出て、横断歩道を渡った。その瞬間、トラックが猛スピードで右折してきた。運命を受け入れる覚悟ができていた僕は、ヘッドライトに目をくらませながらその場に立ち止まった。さっきまで響いていたエンジン音は聞こえなくなり、体が浮いたような感覚になった。大きな何かに包まれたように、全身が温かくなった。
 気が付いたらさっきの店の前に立っていた。彼ら二人も無事みたいだ。横転したかのように見えたトラックの姿はどこにもない。ただ、何の変哲もない日常なのであろう光景が目の前にあるだけだった。

「健太、デザートよ」

 エプロンを付けた若いお母さんが、くし形切りにしたりんごを乗せた皿を持ってリビングまでやってきた。幼稚園生の健太は、床に置いた画用紙に買ってもらったばかりの僕たちクレヨンでお絵描きをしている。

「お母さん、見て!」

 健太が自慢げに画用紙をお母さんに見せた。僕は、健太が大好きな戦隊ヒーローのリーダーの色らしい。

「上手に描けてるね」

 褒められて嬉しそうな健太は、りんごをフォークで突き刺した。大きな口を開けて、一口で食べてしまった。

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