小児期トラウマと闘うツール

小児期トラウマと大人の健康『小児期トラウマと闘うツール――進化・浸透するACE対策』を読みました

こんばんは、トラウマ解消ヒーラーのSAICOです。

小児期トラウマと闘うツール――進化・浸透するACE対策』ナディン・バーク・ハリス (著)は、『小児期トラウマがもたらす病 ACEの実態と対策』ドナ・ジャクソン・ナカザワ (著)の続編のような本です。

小児科医のナディン・バーク・ハリス氏が、小児科の臨床を経験する中で、今まで習った医学だけでは解決できない何かがあるのではないか?という探求から始まる物語調になっていて、読みやすいです。

著者が、ACE研究と出会い、そのチェック項目を現場に導入し、一般的な対症療法的な治療だけなく、睡眠、メンタルヘルス、健全な関係性、運動、栄養、マインドフルネスなど6項目を治療に取り入れることで成果を出していきます。

ACE研究とは?

ACE study(Adverse Childhood Experiences Study)という、1990年代、アメリカの疾病予防管理センターの医師らが、 19 歳以上の約1万7000人を対象に追跡調査について書かれています。調査対象の内訳は、約半数は女性で、74.8%は白人、平均年齢は57歳、75.2%が大卒。そして、健康診断をきちんと受けている人たちなので、みんな雇用と健康管理がありました。

調査されたACE(逆境的小児期体験)は、
・身体的虐待
・性的虐待
・感情的虐待(罵倒、侮辱、悪口、屈辱)
・肉体的ネグレクト(食事や衣服が不十分、病院に連れて行ってもらえないなど)
・感情的ネグレクト(愛されない、大切にされない、関心を持たれない、親しみを感じないなど)
・家庭内暴力への暴露
・家庭内薬物乱用
・家庭内の精神疾患または自殺企図
・親の離婚または別居
・家族の投獄

67%が少なくとも1つのACEを、約40%が2つ以上のACEを、12.5%が4つ以上のACEを報告していました。

ACEスコアが高いほど、健康リスクが高くなっていました。

たとえばACEのスコアが4点以上だった人は、0点だった人に比べて、
虚血性心疾患 2.2倍     
がん 1.9倍     
慢性気管支炎/慢性肺気腫(慢性閉塞性肺疾患) 3.9倍     
脳卒中 2.4倍     
糖尿病 1.6倍     
自殺未遂 12.2倍     
過度の肥満 1.6倍     
過去1年で2週間以上のうつ症状 4.6倍     
違法薬物の使用 4.7倍     
薬物の静脈注入 10.3倍     
喫煙 2.2倍     
性病への感染 2.5倍
のリスクがあることがわかっています。

ACEスコアが6以上の人の寿命 は、ゼロの人より 20 年以上も短いことがわかっています。

つまり、小児期にうけたトラウマが、神経系、免疫系に持続的に影響を与え続けてしまうために、大人になってから、精神疾患以外の病気も発症しやすくなってしまうという研究結果です。

ACEスコアが高い場合、神経の発達が損なわれ、その結果、社会的障害(対人関係トラブル)、情緒的障害(意欲消失、集中力低下、うつ症状)、認知的障害(認知機能の低下)といった障害を抱えやすくなります。

そういった障害をかかえることで、健康リスクのある行動をとるようになり、病気(うつ病、心臓病、癌、慢性肺疾患、自己免疫疾患など)や社会的問題をかかえるリスクも上がります。

また、健康リスクのある行動が病気を誘発するリスクは50%ほどだということもわかっています。
つまり、健康リスクのある行動をとらなくても、ACEスコアが高い場合は、病気になるリスクが普通の人よりも高くなってしまうということです。

これらは、ACEがあっても放置して大人になってしまったケースの話です。

ACEに対する対策

ナディン・バーク・ハリス氏の小児科病院では、小児の診察時にACEスコアのチェックを導入して、必要があれば、ACEによる脳のストレス状態を解除していく治療をとりいれているそうです。大人になるまで放置しておくより、小児期に対処したほうがもちろんいいにきまってます。

大人になってからであっても、ACEスコアが高い場合は、その危険性を理解し、有害なストレス対策として睡眠、運動、栄養、マインドフルネス、心の健康、健全な関係といった、6つのことをしていくといいとのことです。

そして、この高いACEスコアの人というのは、決して貧困地区だけに存在しているのではなく、中流と言われる家庭にも広く存在しているそうです。つまり、どこにでも小児期の逆境体験というのはあり、それが数々の病気の原因になっているから、社会全体で対策をとればいいじゃない、、となるのですが、それがなかなかうまく広がらなかったということも書かれていました。

私は「ACEや有害なストレスが私にどう関係があるの?」と尋ねる人々と多くの時間を過ごしてきた。同僚の医師たちは「これは社会問題では?」と言い、偉い人たちは「治療法もないのにどうやって有害なストレスについて語ればいい?」と首を傾げた。これら3つの疑問に対して、私はこう答えたい――ACEが有害なストレスを引き起こすメカニズムを理解することが、医学と公衆衛生の両面で対応できる強力なツールとなる、と。そこには全員に果たすべき役割がある。

ACEに対する対策をすればいいことはわかっているけど、いまだに一般化されていない。それは、昔、術後の発熱が細菌感染のせいだということが発見されても、社会全体で手洗いが徹底されたり、手術器具を消毒したり、抗生剤の投与が一般化されるようになるには時間がかかったのと同じだと著者は書いています。

私たちはいま、感染症対策で言えば「手洗い」の段階にいる。有害なストレスとの戦いにおいて、第4世代の抗生物質の開発にはいたっていないものの、ストレス反応がどのように健康問題を引き起こすかという知識を用いて、基礎的な衛生対策――スクリーニング、トラウマ・インフォームドケア〔患者のトラウマを知ったうえで治療を施すこと〕、治療――を施すことはできる。睡眠、運動、栄養、マインドフルネス、メンタルヘルス、健全な関係――これらは、リスターが手術器具を石炭酸に浸し、スタッフに手洗いを要求したことに相当する。
社会問題の多くが、小児期の逆境への曝露に起因することがわかったら、やるべきはまず、子供が被る逆境を減らし、保護者の緩衝材としての能力を強化することだ。そこからさらに努力をつづけ、その知識をもっと効果的な教育カリキュラムや、有害なストレスのバイオマーカーを特定する血液検査の開発などに転換し、広範囲にわたる解決や革新へとつなげ、害毒を少しずつ減らしながら徐々に飛躍していく。害悪の原因は――細菌であれ小児期の逆境であれ――完全に根絶される必要はない。変革とは、それがどこで出現しようと、害悪を軽減するための、知識という独創的なアプリケーションのなかにある。メカニズムを知っていれば、その知識を用いて、人間のコンディションを劇的に改善するための無数の方法を編み出すことができる。こうして革命は起こる。視点を変え、レンズを変えれば、世界は突如としてその姿を現し、すべてが違って見えてくる
私はACEを抱えて育った人たちが、彼らの幼少期を「克服」する必要はないと思っている。逆境を忘れたり、責めたりしても仕方がない。まずはACEに対する対策を講じること、そして悲劇でもおとぎ話でもなく、意味のある現実としてその影響やリスクをきちんと直視することだ。特定の状況で脳や身体がどう反応するかをわかっていれば、先を見越した行動を取れるようになるし、きっかけを特定することも、あなた自身やあなたの愛する人たちを守ることもできるようになる。

著者の熱意が伝わって来る本でした。

著者のナディン・バーク・ハリス氏の2015年のTEDのスピーチ「いかに子供時代のトラウマが生涯に渡る健康に影響を与えるのか」もわかりやすいので見てみてください。

こういうのが日本で広がるには、もっと時間がかかるのかもしれません。

しかし、今の日本の高い自殺率や、がんの発症率に、小児期の逆境体験はやはり関連しているのではないかと思ってしまいます。

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