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忘れられない先生

過去を振り返ってみると思い出せる先生は何人かいます。

顔や名前だけを覚えている先生、
記憶に残るような強烈な出来事を起こした先生
などなど。

でも、
このテーマにある『忘れられない先生』という事で記事を書くなら、
僕の中では同義のテーマとして

“本当の意味での学びというものを卒業後に教えてくれた先生”

というものに書き換わりました。

僕にそんな影響を残してくれた先生が一人だけいましたので、書き記します。

余談から入るのですが、

話術が上手く、楽しく授業を進める先生。
(ちなみにこの先生のおかげで僕は数学が好きになりました。)

あとは、
誤回答したら腕立て伏せをさせる先生。

他には、
“一人一人のcolorを大切に!”
と言いながらも、一クラス30人の生徒に対し、全くcolorも何も尊重せず全員に対して全く同じやり方の授業をしていた先生。
などなど…

他にも何人か、このように割と記憶に残っている先生はいます。
でも、
一人だけ本当に生徒の事を考えて、あえて厳しく指導していた先生がいました。

その教えが20数年後の今となり、やっと理解できたのです。

しかも、このテーマを見かけない限り、ずっと誤解したまま過ごしていたのかもしれません。

その先生はというと、


「大学2年生の時の専門家コースの担当になった先生」

です。

前評判では、大変厳しい?面倒くさい?先生で有名な方で、
僕が通っていた大学では珍しく、普通に“授業の単位を落とす事もある”と聞いていました。

その当時、本当に単位を落とすことはほとんどなく、
とりあえず授業に出ていれば寝ていても単位がもらえたり、自分が授業に出なくても友達に出席を代行してもらえるような、そんな授業もありました。

そんな中、専門職養成コースを選んでいた僕は、
専門職になるための必須科目である「現場実習」という授業を取りました。
そこで担任になったのが、前述した厳しい先生です。

内心
『どうかあの先生だけには当たらないように…』と願っていましたが、無駄なあがきでした。

いざ、授業が始まると、
専門職が実際に活躍する団体や行政機関に実習生としてすぐに出ていくわけですが、
現場での実習を始める前に受けなければならないオリエンテーションがあります。

まだまだ自立できていなかった僕は、そのオリエンテーションの中で、衝撃的な言葉を聞く事になったのです。

『現場実習の受け入れ先は自分で探して交渉するように。変な説明をして相手先から学校に連絡が来るような恥ずかしい事にならないように。』

でした。

正直、僕は、
『はっ? 自分で交渉するの?』

『学費払って学校来ているのに?』

『小中学校の社会科見学のように全部学校が段取りしてくれるんじゃないの?』

と色々頭に浮かんできました。

"交渉を失敗するな"と言われた事が不安になり、すぐに周りの友達とも相談しました。

すると、周りの友達達は、
『母親の勤め先にしよう』
『親しい先輩に頼んでみよう』
『地元に当てがあるから聞いてみよう』
と次々に実習先選びに当てがあるかのように話していました。
尚更、焦る気持ちが増え、
とりあえず頼れそうな所に相談し、
自分の実習先を他力で確保できるように奔走しました。

そこから一件、
母親のつながりを頼り、現場実習を受けている団体と交渉する機会を得ることができました。
しかし、直接僕と詳しい話がしたいという先方からの申し出により電話をかける事になったのです。

これまで会社や事業所などの団体と直接交渉する経験など一度もなかった僕は、
緊張しまくりの中、
勇気を出し電話をかけ、
振える声を落ち着かせながら、
説明しなければいけない事を精一杯伝えてみました。

しかし結果は、
『一体何の実習がしたいかよくわからん。なんで個人で連絡するの?まず学校から依頼があるんじゃないの?よくわからないから学校に電話して聞いてみる。』と先方に言われ、僕の伝えたかった事がほとんど理解されず、見事に交渉失敗。

先生がオリエンテーションの時に説明していた

“学校に問い合わせの電話がかかってこないようにしっかり自分で説明してください”

という言葉に見事見本のように当てはまってしまったのです。

その当時はひどくショックを受けました。
自分の不甲斐なさに…。
電話口で自分がやろうとしていることの説明もできないのかと…。

結局、
その交渉先とは話が破断になり、一から実習先を探すことになりました。

とはいえ、
その後、きちんと実習先も見つかり、授業の単位も取ることができ、
今ではきちんと国家ライセンスも持っています。^_^

さて、
記憶に残る恥ずかしい話はここまでとして、
僕はこの"丸投げしてきた先生"が、なぜ一番思い出に残っているのかというと、

"社会に出た時の本当の厳しさ"

そして

"本当の意味の自立"

を少しだけ経験させようとしたのではないかと考えています。

その意図を未だ聞く事はないですが、
もし仮にあの時、
学校側がすべてお膳立てしてくれた実習先に、ただ通うだけだったら、
小中高で受ける授業スタイルと何ら変わりはないという事です。

"ただ、決められた内容を教科書に沿って進める"
簡単に言うと、これだけです。

これでは本来の意味の"生徒の自主性"は育ちません。
なぜなら常に生徒が受け身になっているからです。
生徒自身に考えることをほとんどさせず、
“私の話を聞かない方が悪い”と言わんばかりに生徒の方を向かずに淡々と授業を進める先生や暗記に特化した授業スタイルをとっている先生が多くいることからも“生徒が受け身になっている”と言うことが伺えます。

これでは生徒の自主性は伸びません。


学校を卒業してから、
ほとんどの生徒は様々な仕事に就き、組織の一員となります。

自主性の伸びていない受動的生徒の状態で入職すれば、その組織としては“扱いやすい人材が入ってきた”と大喜びかもしれません。

でも、
その人一人一人を見た時に、それは本当に“自分のためになっている”のでしょうか?

それで、本当に有意義な人生が送れると思えるのでしょうか?

そこにも疑問を感じますが、
話を元に戻します。

現場実習を担当していた先生だけは、
ただ単に厳しい先生というわけではなく、
きちんと生徒の将来を考え、
“受動的な授業スタイル”ではなく、
“能動的な授業スタイル”をとっていた
事に気づきました。

『あの先生、今どうしているのだろう?』

生徒が困った時にすぐ答えを出さず、
本当に生徒の事を考えヒントだけを出し続け、
本人に考えさせくれた人でした。

当時、未熟だったとはいえ、
一時的な感情に左右され、早く関係を切りたいと願っていましたが、
今思い返せば、きちんと丁寧に繋いでおくべき人の内の一人だったと気付きました。

歳の頃でいえば現在70代中盤から後半頃です。

同じ業界に未だおられると信じていますが、その恩師の名前を耳にする事がありません。

元気に過ごされているのなら、またぜひお会いして、
20数年経った今の時代を“その先生はどう観ているのか?”意見を交わしたい気持ちが湧いて止みません。

〜最後まで読んでいただいた方へ〜
僕は心理学や脳科学を勉強しています。
おかげで世の中で起きている全ての出来事は、実は全てものすごくシンプルだったということに気付きました。
中でも人間関係についてはたくさんの方が悩んでおられ、その解決策を模索しています。
そういった方々のお役に立てればと思い、悩み相談も受け付けてます。
テーマをいただければお話しもできますし、メール等でもお返事できます。
Q&A方式での回答が得意なので、一人悩んでおられる方がいましたら一度ご連絡ください。
心が軽くなる方法を一緒に考えていきましょう^_^

他にも、簡単なカウンセリングや自分がこれからどんな事をしていきたいか?何が自分に向いているのか?など、お悩みがある方の個人相談にものることができます。
"ナニモノにでもなれる"
そんなアナタの可能性を引き出します^_^

#忘れられない先生

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