「塩の物語:神話から現代までの旅」
これは結構、重要な事かもしれないと思いましたので記事にしました😓
塩は、ただの調味料ではなく、人類の歴史と深く結びついています。古代から現代に至るまで、塩は生活に欠かせない存在であり、その価値は時に金と同等とされました。しかし、塩の歴史には光と闇があります。
【神話時代からの塩】
日本の塩の歴史は、神話時代にまで遡ります。『古事記』には、日本の始まりが塩づくりから生まれたとされる淤能碁呂島(おのころじま)という記述があります。海水に含まれる塩の量は、約5×10^16トンにものぼり、人間が塩を口にするようになったのは、文明の始まりと関係しています。
【塩田の時代】
日本では、海水を濃縮して濃い塩水を作り、それを釜で煮詰めて塩の結晶を取るという方法で塩づくりが行われてきました。この製塩法は、技術的には大きな進歩を遂げていますが、原理は大昔から変わりません。
【塩の闇】
しかし、塩にまつわる闇も存在します。例えば、減塩が健康に良いと長年信じられてきましたが、実際にはアジア人は減塩しても血圧が下がらないというデータがあり、問題も指摘されています。また、精製塩が身体に取り入れられると、活性酸素が発生し、万病の元となるとも言われています。
塩は、私たちの健康、文化、経済に多大な影響を与えてきました。その歴史と闇を知ることは、私たちが塩とどう向き合うべきかを考える上で、非常に重要です。
塩一粒に込められた、無数の物語と謎を紐解く旅は、まだまだ続いています🌊
【精製塩になった経緯】
塩は、日本の歴史においてただの調味料以上の意味を持っています。特にGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領下にあった戦後の日本では、塩は大きな変革を経験しました。
戦前の日本では、天然塩が一般的でした。これは海水を引き込み、太陽と風の力だけで結晶化させて作られるもので、ミネラルを豊富に含んでいました。しかし、戦後のGHQの指導の下、日本ではミネラルを含む塩の使用が禁じられ、ナトリウムだけを含む精製塩が流通するようになりました。
この変更は、日本人の健康にも影響を及ぼしました。当時の日本人の塩の平均摂取量は現代の約1.5倍であり、GHQによる「減塩」の考え方が持ち込まれた結果、食塩摂取量は減少しましたが、高血圧患者数は増加の一途を辿っています。
また、塩は古神道で穢れを払い、浄化に使われる神聖なものでした。『古事記』では、日本人の祖先は海洋民族であり、海水を浴びて体を清めたことから、陸においては塩を撒いて厄を払い、盛り塩で結界を張ったと記されています。
GHQの政策によって、日本古来の精神と塩の文化が変えられたのです。天然塩の大切さを知り、日本古来の精神を思い出す時、私たちが本来持つ「大いなる力」が蘇るかもしれません。塩とGHQの関わりは、単なる食品の話ではなく、文化や健康、そしてアイデンティティに関わる深い歴史を持っているのです🧂
【塩抜きの刑は実在した!?】
江戸時代において、「塩抜きの刑」という刑罰が存在しました。この刑罰は、囚人に対して塩を与えずに牢に閉じ込めるもので、静かで恐ろしいものでした。
塩は私たちの体に欠かせない要素であり、食事から摂取できない囚人は、徐々に体調を崩していき、最終的に倒れてしまうとされています。この刑罰は、心身ともに萎え、気力を失せることで、尋問を開始すればよほど口のかたい者でも自供に及ぶことが多かったと言われています。
1930年代のアメリカで行われた実験では、塩抜き3日目から食欲不振や冷や汗をかくなどの異常が被験者に見られ始め、5日目を過ぎると倦怠感を訴え、8日目には筋肉の痙攣が止まらなくなる状態に陥りました。実験は危険なため取りやめられましたが、塩の重要性とその不足がどれほど深刻な影響を及ぼすかを示すものでした。
戦後、シベリアに抑留された人々も収容所で食事から塩を抜かれ、元気を失い倒れていったと伝えられています。塩は、食中毒予防にもなりますが、不足するとさまざまな健康問題を引き起こすことが分かります。江戸時代の「塩抜きの刑」は、その見せしめの意味合いが強かった一例であり、塩の重要性を改めて考えさせられるものです。
P.S.
いかがでしたでしょうか。
これらは氷山の一角に過ぎないのかもしれません。
闇がかなり深そうですが、その闇を知った上でどうするのかが問われそうですね!
それにしても、塩抜きの刑ってあったんですね😓
これには賛否両論あるかもしれません。
ご興味ある方は、色々調べて自分なりの答えに辿り着くことを願っています✨
参考になれば幸いです!!
情報提供
M様より