哲学・ドーナツの穴〜生きている意味〜
みなさんはドーナツの穴という
哲学を知っていますか?
ドーナツの穴だけ残してドーナツを完食してください。と言われたらどうしますか?
ドーナツをすべて完食してしまえば穴も消える。
かといって穴を残そうと食べなければドーナツ自体も残ってしまう。
じゃあ穴をあけずにドーナツを作ろう!それでもドーナツの穴は消滅してしまう。
どうでしょう?
これを真剣に考えている学者さんたちもいます。
正直私には答えはわかりません。
しかし「あるのにないもの」「ないのにあるもの」
これは人生もそうなんじゃないかと思います。
あれは意味がない、これは意味がある。
「意味がない」には本当に「意味がない」のか。
ほんとうは「意味がないという意味がある」
のではないでしょうか。
しかもそれは経験をしなければわからないことです。
本当に「意味がない」なんてことはこの世にないのだと私は考えます。
その意味を考えないだけではないでしょうか。
今している行動の意味。次にする行動の意味。
昨日した行動の意味。明日する行動の意味。
その小さな意味が積み重なって目的となりさらに目標になるのではないでしょうか。
こんな世の中ですから何を目標にして過ごしていいかわからない人はたくさんいるでしょう。
ですが意味のない日々だと思わず将来あの日々があったから今があるんだと思えるように日々意味をみつけながら過ごしていきませんか?
そして自分は生きている意味がないのではと悩んでいる方、必ず生きている意味があります。
あなたの両親、兄弟、親戚、友達、知人、同僚、近所の方々、よく行くコンビニの店員さんだってあなたを気にかけているかもしれません。
そしてこれを読んでくれた
あなたはもう私の中の「意味」になりました。
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