カバーしたらブチギレられて謝罪…元音楽業界人が語る日本音楽業界の闇
音楽には「原盤権」と「出版権」という2つの権利がある。
店で音楽をかけたり、YouTubeにアップする動画に音楽をつけたりと、エンタメの仕事をしている人に限らず、今や多くの人が音楽とは切っては切れない関係にあると思うので、この2つの音楽権利くらいは最低でも知っておきたいところ。
まず、原盤権とは、音そのものの権利のことをいう。
例えば『そうだ埼玉』という歌は、6才児というバンドの演奏と、ボーカルのクマの声で構成されているわけだけど、この音そのものの権利が、原盤権。
出版権というのは楽譜の権利。
わかりやすく言えば、メロディーの権利。
なので、『そうだ埼玉』という歌をなにかで使うときは、原盤権と出版権を使用することになる。歌声と演奏(原盤権)、そしてメロディー(出版権)を使うから。
いっぽうで、この歌を使うのではなく、「カバー」したいとなったときは、出版権のみを使用することになる。カバーなら原盤権(元の歌声と演奏)は必要ないよね。
音そのものの権利が原盤権、詞とメロディーの権利が出版権ということ。
この原盤権を持っている人を原盤権者というんだけど、これを保有しているのは、原盤制作費用を捻出した出資者になる。
制作費っていうのは、レコーディングにかかった費用と思っていい。
たいていレコード会社がお金を出すんだけど、アーティスト事務所が出すこともある。なので、原盤権は何社かにまたがっていることもあって、権利の割合はお金を出した配分で決まったりする。映画の製作委員会に近い。
なので、曲を使用したいというときは、まず原盤権者に連絡して、使用許可を得て、対価を支払う、という流れになる。
ちなみに6才児の『そうだ埼玉 』は使用自由。許諾不要。この曲の原盤権持ってるの俺だから。俺がうん十万使ってスタジオやらエンジニアやらマスタリングまでしたわけで、その俺がいいと言ってるんだからいい。
この映像も、好きに使ってくださいと定期的にツイートしてる。
ただ、この曲でも、JASRACに使用料を払わないといけない。
『そうだ埼玉』はJASRAC管理楽曲だから。
JASRACというのはなにをしている会社かというと、音楽使用料の分配作業を代行しているところ。
例えば『そうだ埼玉』をテレビやラジオ、イベント等で使うとなったときに、その都度、使いたいという人が俺(原盤権者)に連絡して使用料を収めるってことは向こうも俺も毎回やってられないから、その業務を、JASRACというところが一手に引き受けているわけ。
そんなJASRACがやたら悪者扱いされてるでしょ。音楽教室からも徴収しようとしたりして。
「音楽教室からも徴収するなんて!僕らの歌は自由に使って欲しい!」とかアーティストらも言ってるけど、実はあの主張はお門違い。
もし本当に自由に使って欲しいなら、全曲JASRACから引き上げればいいだけだから。それで自分で管理すればいい。
そもそもあんたら(アーティスト)は原盤権持ってないでしょ。自主でやってるインディーズならまだしも。
JASRACに委託管理してない有名アーティストも実際いて、確か、坂本九さんの音源は坂本九事務所が独自で管理していたはず。全曲じゃないかもしれないけど。
なので、厳密には、音楽教室だろうとなんだろうと、JASRAC管理楽曲である以上は、お金は支払わないといけない。
JASRACがやたら批難されたのは、昔はそんなことしてなかったから。
CDの売り上げだけで潤ってたときはスルーしてて、ここにきて急激にCDが売れなくなってきたから、そういったところにも乗り出し始めたという、年度末だけ異様に現れる交通違反の取り締まりのように、心象悪く映ってしまったってこと。
「音楽という、夢を売る職業なんだから、なんでもかんでもお金を取るな」という指摘もどうかと思う。
たくさんの時間とお金と、いろんな人たちの労力があって生まれるのがヒットソングであり、そういった関係者たちをおざなりにして、アーティスト側がJASRACをまるで悪者かのように仕立て上げるのは、ちょっとかわいそうかなと。みんなそれで一緒に食ってたわけだから。
なので、アーティストが「自由に使ってー」と言うなら、「JASRACには使用料収めてね、僕たちには許可も金もいらないないから」というのが正解。
ちなみに、6才児はこれまで二枚のアルバムを出しているんだけど、『そうだ埼玉』以外の音源はJASRAC登録もしていないので、これは本当の意味で使いたい放題。
JASRACに使用料を収める必要もないし、原盤権者(俺)の許諾も、使用料も、全部不要。ネットにあるフリー音源と同じ。
6才児がリリースしてる曲は全20曲あって、『そうだ埼玉』以外の19曲は、どこも介さず全部自由にできるってのは結構すごいこと。
『そうだ埼玉』だけJASRAC登録してあるのは、カラオケに導入するときに必要だったから。
そんなJASRACはどうやって儲けているかというと、使用料を分配するときに手数料を引いているので、それが利益になっている。
ちなみに、TV局やラジオ局はJASRACと年間包括契約してるので、自由に使って、使った分を毎回ドンと払う。それを、JASRACが明細を見ながら、逐一アーティストに分配してる。手数料を抜きながら。
次に出版権。
例えばあなたが『そうだ埼玉』をカバーして、CDを出したいと思ったとする。
ここでのポイントは、カバーは原盤権が一切関係してこない、ということ。だって元の音源は使わないでしょ。使うのは楽譜(詞とメロディー)のわけで。
なので、あなたが演奏する『そうだ埼玉』の原盤権は、あなたに発生する。厳密には、あなたが歌う『そうだ埼玉』のレコーディング費用を出した人。
もし、あなたが歌った『そうだ埼玉』が話題になって、それをなにかに使いたいという人が出てきたら、あなた(のレコーディング費用を出した人)が原盤権の対価を得られる。
なので、カバーに必要な使用料は出版権のみ。これも窓口は基本的にはJASRACと思っていい。そしてその使用料が、作詞家と作曲家に分配される。これがよくいう(出版)印税というやつ。
出版権使用の代表格が、カラオケ。
カラオケボックスで流れている歌なしの音源は、全部カラオケ会社が一から全部作ってる。ほぼ耳コピで。
昔、第一興商(DAM)の人に聞いたんだけど、すごい集団がいて、あっという間に再現していくらしい。今はほとんどDTMだろうけど。
なので、カラオケ会社はなにかの新曲ができたら、それを一から演奏しなおして(カバー)、そのオケ音源を作ってる。その音に合わせて、僕らが歌っていると。
その歌われた分だけカラオケ会社はJASRACに使用料を支払って、そのお金をJASRACが作詞・作曲家に分配する。
ちなみに宇多田ヒカルは、このカラオケの収入だけで年間数億なんだとか。
あと、バンドをやってる人は、好きなアーティストのバンドスコアとかを買うと思うんだけど、あれも出版権になる。楽譜だからね。
ちなみに、JASRAC管理楽曲のカバーに関しては、許諾の必要がない。JASRACに使用料をきちんと払いさえすれば、勝手にカバーしていいことになってる。その音源を販売してもいい。アーティストや事務所への確認は必要ない。CDの製造分をJASRACに支払うだけでいい。
ミスチルの曲をカバーして、その音源をCDにして1000枚作ったら、1000枚作りましたーとJASRACに報告して使用料を納めればいい。
著しく歌詞やメロディーを改変するのはダメだけど、一般的なカバーであれば許諾は不要。これは、JASRACの人や音楽出版社の人に聞いたから間違いない。法律でそう決められていると。
ただ日本には、「道義」や「筋」という言葉があって、法的に必要ないとはいえ、営利目的でカバーするには、出版権を管理している音楽出版社に一報入れる必要がある。
「勝手にカバーして世に出したら、どうなるかわかってんだろうな」という世界が日本には存在する。これが芸能界というところ。
なので「カバーしたいんですけど」と連絡しても、「ダメです」と言われることもある。
「ダメです」と言われても、法律的には、やってもいい。なのでメーカー時代、「ダメです」と言われたけどやっちゃったら、ブチ切れられて、謝罪に行ったこともある。良い子は真似しないように。
「ダメです」という背景にはいろいろあって、アーティスト側が、イメージを損なわれるようなカバーをされたくないという意向があったり、カバー禁止を事務所の主義としていたり、様々。
有名なのに、カバーがほとんど存在しない曲ってあるでしょ。まあそういうこと。
よくわからん奴に、よくわからんアレンジでカバーされたくないというアーティスト側の気持ちはわかる。
でも音楽って、もう少しこう開けたものというか、みんなものだったんじゃないのかね。一度世に放ったものを、ルールに則って使用料を収めようがなんだろうが絶対触れさせないって閉鎖的にしすぎると、音楽業界全体が落ち込んでいく。
僕はブルーハーツやハイロウズ、クロマニヨンズが大好きで、つまり甲本ヒロトさんと真島昌利さんなんだけど、このお二人は業界内でも本当に評判が良くて、例えばこの方々の作品において、カバーNGが出たという話は、一度も聞いたことがない。この人達は裏でもレジェンド。
ところで、さっきからちょいちょい出てきてる音楽出版社っていうのは、詞と曲を管理する会社ね。
出版権はたいてい作詞家・作曲家が権利の半分を持つので、残りの半分を音楽出版社が持つ。原盤権者がちょっと持ったりもする。
例えば、メーカーが50万、事務所が50万出して100万でレコーディングしましたという場合、原盤権はメーカーが50%、事務所が50%。
出版権における詞の権利は、作詞者50%、残りがメーカー・事務所が10%ずつ持って、残り30%が音楽出版社、ってケースは多いと思う。作曲も同様。
この例において、アーティスト以外の登場人物は「メーカー」と「事務所」と「音楽出版社」だけど、当然これに限らない。
ラジオ局が「今週のパワープレイ!」とか、たいしていい曲でもないのに、やたら推すときあるでしょ。あれは、そのラジオ局に出版権を振ってることが多い。
つまり、この曲が売れればうちも儲かるという図式ができてるから、局としてプッシュしてるの。もちろん全部が全部じゃないけど。
これはラジオに限らず、テレビでもそうで、だからメディアは、必ず音楽出版社を持ってる。調べてみればすぐわかる。
そうすると、なんでこの局はこの歌をやたら流すんだろうとか、逆に、なんでこの歌は全然流さないんだろうとか、そういう疑問がすぐに解ける。全ては利権。
原盤権は出資者が持つけど、音楽出版社って金も出さないで管理を預かるだけで金もらえるの?って思った人は賢い。実際そう。
でもJASRAC同様、仕事としていろいろ曲の管理はしてるし、あと、預かった曲の宣伝をするという業務も入ってるんだけど、これはあんまりやってくれない。やりようがないとも言える。
ちなみに、「この曲の出版権はどこが持っているんだろう?」と調べたくなったら、それもJASRACのサイトで調べれば簡単に見れる。
ちなみに、この原盤権や出版権は今ほとんどお金を生まない。
音楽の単価が下がったから。
シングルCD1曲1,000円、アルバム10曲3,000円で、何百万枚も売れるビジネスだったのが、配信に代わって、1曲100円、10曲1,000円、で、前ほど売れなくなったとすれば、その縮小率は数学が苦手な人でもわかるわけで。
音楽産業において今一番お金になるのは、グッズ収益。広くいえば、ライブ興行。
ライブをやれば1,000人は集められる、という力があれば、数人のスタッフとメンバーくらいなら十分食わせられる。音楽業界がどんどんアイドル化していくのはそういうこと。
アイドルは基本バンドセットも必要ないから、経費もかなり抑えられる。ドラムセットやギターアンプ、それらの機材や演奏者も必要なく、オケを流すだけでライブが成立する。
「今の日本の音楽業界ってアイドルばっかで…」
と揶揄する人は多いけど、ビジネスとして成り立たなくなっているところに優秀な人が集まることはないんで、となれば、日本の音楽シーンが、90年代活躍していた人たちのリバイバルと、アイドルだらけになるのは自明の理。
みんなが音楽にお金を使わなくなったから、メーカーも新人に投資ができず、確実に数字が見込める90年代ヒットミュージシャンと、コストが抑えられ、グッズ収益も見込みやすいアイドルばかりになるわけ。
令和になり、次はどんな音楽産業が活性化していくか、これからも見続けていきたい。
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