短編・十二話【創作】
「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」
皆さんはこの言葉をご存知だろうか?
「わが神よ、わが神よ、なぜ私をお見捨てになったのですか?」という意味のヘブライ語でキリスト教の祖であるイエス・キリストが磔刑に処された際に叫んだとされる言葉である。
一般的には神を信じていたものの磔刑に処されたイエスの魂の叫びと捉えれるが、一方で父なる神の加護による復活を予期していたイエスが『父なる神への絶対的な信頼』の意味を込めて叫んだ言葉だという説もある。
とはいっても、イエスが死の直前に叫んだという状況ゆえ、絶望を意味する言葉であるのは間違いないのかもしれない。このように祈る、という行為には二重の意味合いが含まれているのかもしれない。
「父よ、貴方の慈しみに感謝してこの食事をいただきます。 ここに用意されたものを祝福し、私たちの心と体を支える糧としてください。 私たちの主イエス・キリストによって。 アーメン。」
「アーメン。」
12月25日。専門学時代の知人、中村敏秀君の住むワンルームマンションにて三人でクリスマスディナーを楽しんでいる。
ディナーといっても、スーパーのお惣菜のフライドチキンやマルゲリータピザと手頃な値段のワインを楽しむ慎ましいものである。それでも私達にとっては極上のご馳走だった。バカ騒ぎする訳ではないが、こうやって静かにクリスマスを楽しむ方が自分には性に合っている。
加えて中村君は専門学時代に付き合っていた彼女がクリスチャンだった影響か、私生活にキリスト教の習慣が組み込まれていた。彼自身はクリスチャンを自称していないものの、定期的に最寄りの教会で祈りを捧げたり、行ける範囲でミサにも参加したりしている。漫画版の旧約聖書と新約聖書も家に置いてある。
「エリ、エリ、レマ、サバクタニって知ってる?」
「聞いたことある。神よ、なぜ私をお見捨てなさったのですか?……って意味でしょ。」
「この言葉は俺と、昔付き合っていた彼女にとって特別な意味があるんだよ。」
ワインを飲みながら、中村君はスマホで一枚の画像を見せた。それは一件のメール画面で、今日の午後3時12分に届いたものである。
「大橋由貴………これってもしかして中村君が付き合ってたっていう彼女さん?」
「そう、これは由貴が死の直前に送っていたのと同じ内容のメールなんだよ。どういうことか分かる?」
炬燵に入っている私から見て天板の右側、中村君から見て左側には木製のフォトフレームと少量の赤ワインが注がれた小さなワイングラスが置かれている。葉書サイズ程のフォトフレームには微笑む若い女性の写真が。中村君の部屋に入ったタイミングでこれの存在には気がついていたが、敢えて口に出さずにはいた。
「まぁ、分かってたけど。せっかくの野郎二人のクリスマスディナーを台無しにしたくないから黙ってたんだよ。」
「ありがとう●●●●君(私の名前)、君が来てくれたことで自殺してしまった由貴も喜んでいると思うよ。」
中村君が当時付き合っていた彼女、大橋由貴さんは就職活動の真っ只中だった。時期が新型コロナウイルスのパンデミックが起きた影響で、由貴さんの就職活動はなかなか上手くいっていなかった。零細企業とされる小さな会社でさえ、経営難から不採用通知を受けたという。
「早く就職してお母さんを安心させたいんだよね。アルバイトだけだと将来が不安だし、いつかは体を壊しちゃうかもしれないし。」
由貴さんは中学時代に父親を亡くしている。原因は上司のパワハラや同僚らの理不尽な扱いによる自殺。そのため、中学時代から母親のパートによる収益が主だったため経済的に困窮していた。なので高校時代からはアルバイトも始めた。大学生になってからはお金のためにバイトを複数掛け持ちしてがむしゃらに働いていたので、講義の出席日数はいつもギリギリだったという。単位の修得にも影響し、そんなこともあってか就活では周囲の大学生に比べて不利だった。
「由貴はそこそこ経済的に裕福な家庭環境だった俺とは対照的だったんだよ。バイト先のファミレスで仲良くなって、最初は由貴の大学生活をサポートする名目で付き合っていたんだよ。でもお父さんのことといい、生い立ちを知るうちに幸せになってほしいって気持ちが芽生えちゃって。」
「中村君のサポートがあったから、由貴さんは就活にも本腰を入れられたんでしょ?それは本当に素晴らしいと思う。」
「ありがとう。生活が安定したら結婚しようってプロポーズした矢先の出来事だったね。あれは、本当に悔しい限りだよ。」
とあるITベンチャー企業の事務職に応募をした由貴さん。
書類選考、一次面接、二次面接、と順調よくクリアしていた。中村君いわく、由貴さんは関連資格の取得といった事務職就職のための準備だけではなく、馴染みのないIT分野についても少し勉強していたそうだ。
そうすることで、面接の場で採用担当者に熱意を見せようとしていたのだとそう。由貴さんの就職の仕方は、複数同時にエントリーしておくオーソドックスなやり方ではなく、一社一社選考を待って、結果が判明したら次に行くというものであった。
「せっかく採用したのに他の待遇の良い会社に決めたからやっぱりいいです、なんて会社からしたら可哀想だと思うんだよね。」
そういう実直で一途な一面も中村君は好きだった。何社も落選して来月には卒業も控えてるので、その会社も彼女の実直さを買ってくれるだろうと思っていた。大学を卒業した中村君は文房具メーカーに就職し、数ヶ月経って久しぶりに由貴さんと再会した。
「例の会社から結果、来た?」
「………まだ。」
「それ本当なの?もう二次面接から半年くらいは経っているよね?」
「………でも、きっと大丈夫だよ。何かの手違いで決定に悩んでるだけかもしれないし。」
そんな彼女の目元にはクマがあった。何とか大学を卒業できたものの、恐らく不安ゆえに寝れてないのかもしれない。由貴さんの告白ではバイト先でも寝坊や遅刻を繰り返し、注文された料理を間違えて運ぶことも多かったという。心理的な不安は身体面へも影響しだした。
更に4ヶ月経った頃のこと。遂に由貴さんと連絡が取れなくなってしまう。バイト先を尋ねたが、店長曰く「しばらく休ませてください」と言ったきり出勤していないのだという。
最後の手段として、由貴さんの実家を訪ねた中村君は衝撃の光景を目の当たりにする。インターホンを押しても反応がない。扉を少し開けて「ごめんください」と呼んでみても同じだった。ただ微かに由貴さんの母親の声は聞こえたので中に入ってみる。階段を登って、由貴さんの自室のある2階にたどり着いた時。
「口を抑えて咽び泣く由貴のお母さん、その視線の先に自室のドアノブにネクタイをくくりつけて首を吊ったリクルートスーツ姿の由貴がいた。」
由貴さんの母親に声をかけても反応はない。肩を叩いてみると、ゆっくりと中村君の方に顔を向けた。由貴さんの母親は震える声で分かりきっている現状を伝える。冷たくなった由貴さんの近くにはスマートフォンが落ちており、そこからは無機質な音声が繰り返し垂れ流れていた。
「おかけになった電話番号は使われておりません。」
後で調べて分かったことだが、その電話番号は由貴さんがエントリーしていたベンチャー企業のものだったそうだ。由貴さんが2階の自室で首吊り自殺を図った時、由貴さんの母親は一階の茶の間で確定申告の書類をまとめていたため、死の間際に何をしていたのかは分からなかった。
しかし予想がつくというか、何がどうなって自殺に行き着いたのかが中村君には分かった。
「由貴がエントリーしたベンチャー企業は経営難で夜逃げをしていたんだよ。だから二次面接以降の選考結果の連絡がいつまで経っても来なかったんだよ。」
「それで思い詰めちゃったのか。そんなことで死ななくてもって思うけど………あのコロナ禍の頃は本当に就職難でみんな大変だったからね。にしてもサイレントお祈りなんて酷いよ。」
サイレントお祈り。面接試験を行った就活生に対して何の連絡もしないまま、不採用とするこことにする暗黙の了解といえる行為。ホウレンソウがなっていない職務怠慢の具体的すぎる良い例。
「重要な連絡を怠るなんていち社会人、ましてや会社がすることじゃないよ。何だか由貴の自殺はイエス・キリストの最後みたいでさ。復活はしていないけど、父なる神に縋るようにそのベンチャー企業の選考結果を待っていたのかな。」
ベンチャー企業に見捨てられた由貴さんは、神に見捨てられて磔刑に処されたイエスのようだ。
そんな気がしてならないと中村君は言う。由貴さんは死の間際に一体どんなことを呟いていたのだろうか。
このメールは彼女の命日になると、必ず中村君のスマホに送られてくるという。メールが届くことによって何らかの害を被ったことはないので放っていているという。彼女の命日である、クリスマスの日に発生する現象だと捉えることにした。
「これが本当のお祈りメールなのかもね。」
「確かに。由貴の祈りはこの世に残り続けているのかもしれない。それに由貴の家族はクリスチャンだったから、この不思議な現象はあの世でイエス・キリストが彼女を憐れんで起こした奇跡だったりして。」
「病人や怪我人を不思議な力で治したり、結婚式の最中に水を葡萄酒に変えたりしたみたいに?」
磔刑に処されたイエス・キリストが叫んだ「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」には、「神よ、なぜ私をお見捨てになったのですか?」と「神よ、私は信じておりますからね」という二つの解釈が存在する。二つの意味合いを込めて神に祈った結果、イエスは処刑後から三日経って「復活」というとんでもない奇跡を起こしてみせた。とも捉えることができる。
由貴さんも例外じゃなく、「私を見捨てないでほしい」という思いと、「信じているから裏切らないで」という二つの思いを込めてベンチャー企業にメールを送った。しかし返信はおろか電話も繋がらず、思い詰めて自殺してしまった。それから毎年命日のクリスマスになると、件のメールが中村君に送られてくるという不思議な現象が起きるようになった。
「二重の意味が込めて本気で祈ると、奇跡みたいな不思議なことが起こるのかなぁ。」
そう呟いて私は再び、眼前のピザを一切れ手に取り齧り付いた。メリークリスマス。