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人の世は『藪の中』(芥川龍之介)

HAKOMACHI 一日一冊 11/31冊目


好きな古典作家といえば?

故きを温ねて、新しきを知る

僕が高校生の時です。
英語の時間、その先生は音楽が好きな方で、ご自身も音楽活動をされていました。
定期的にある小テスト、そこにある文章は有名アーティストの歌詞や曲名から引用していて、僕はそれを毎回密かに楽しみにしていました。
ある時、僕が好きなロックバンドの曲名が例文に使われたことがありました。
答え合わせの時に、先生はその例文の時にクラスに問いかけます。
「L'Arc〜en〜Cielの『Lies and Truth』を知っている人?」
僕が待ってましたとばかりに手を上げるのですが、クラスのみんなはポカンとしています。
それもそのはず、その曲はL'Arc〜en〜Cielの初期の曲で、僕たちが高校生の時に彼らは20周年を迎えていたので、相当なファンでなければ知らない人が多かったのです。
クラスがざわつきます。高校生の自分は小学校高学年からつづく達観した大人キャラを貫き通しており、その頃はクラスの父的ポジションに収まっていました。
さすがだね、的なお決まりな空気が流れかけたその時、教師が言ったのです。
「いいんだよ、温故知新。『故きを温ねて新しきを知る』だよ」
アメリカの帰国子女のその先生が言った言葉、印象的でした。アーティストとして新しいものを生み出そうと、アウトプットを日々しようともがいている先生だったからこそ、反射的に出た言葉だったのでは、と感じて、なんだか嬉しくなったのを覚えています。
と、いうわけで、今回は温故知新、僕の好きな古典をテーマに書いていきます。

『藪の中』 芥川龍之介

意外な符合 〜「学習旅行」の予期せぬ効用について〜

温故知新を地でいく作家といえば、芥川龍之介か太宰治ではないでしょうか。
芥川龍之介さんは特に、平安時代の説話集などからインスピレーションを受けて作品を作られることが多いのですが、僕がそれを知ったのは有り難くも、中学校の
修学旅行の時でした。
僕たちの修学旅行は、先生たちが仕切りに「学習旅行」と称し、勉強のための旅行である、とくつすっぱく言われていました。遊びに行っているのではない、というニュアンスを出したくないのが見え見えでしたが、僕はそれに逆らうというよりは、乗っかってそれ以上に学んで、先生たちから提供されなくても自分でそれ以上を学び取ってやるわ、くらいの意気込みで望んでいました。
(そんな変な生徒は僕以外にいません。断言できます。)
でもそれだけアンテナを走らせていたことで、気づいたことがありました。

奈良の宿に泊まった時でした。宿の目印として、「学習旅行」のしおりに
「猿沢池近く」と書いてあったのです。
猿沢池?どこかで聞いたことがあるな。僕は感じました。
それは、古典の教科書で読んだ宇治拾遺物語、猿沢の池の竜のお話ではないか。
調べてみると、確かに奈良にある池がモデルにされたとある。そして、芥川龍之介が、「竜」という作品でリメイクしているとある。
これは読まねば。

現代の僕たちにも新鮮な設定

そんなこんなで、芥川龍之介さんは個展から自身の作品の着想を得ていることを僕は知ります。
国語の教科書に掲載されるほど有名な古典「羅生門」は平安時代末期に成立したとされる説話集『今昔物語』の中の一話をもとにしており、また別の一話の中身を取り入れて書かれたものなのです。
僕はこれを初めて知った時、過去からバトンを渡されているように感じたのを覚えています。
平安時代に、誰かがし始めた話を、また誰かが文章に起こす。そして文書が奇跡的に1000年以上残り、作者のもとに届く。
作者はそれをアレンジして描く。はるか昔に書かれた説話集、今の言葉や価値観に直すと、こうなるのではないか。今の社会にはこんな疑問を投げかけられるんじゃないか。
そしてまた僕たちがそれを読む、僕たちの生きる今の社会ではこう映る、と感想文を書く。
心を打つ物語は普遍的で、そして時代にもまれ生き残った物語には、人間普遍の感性に訴えかける新鮮さがありますね。

答えのないミステリー

薮の中、はその中でも多くの人にバトンを渡した作品と言えるのではないでしょうか。
黒澤明さんの映画で有名な「羅生門」。芥川龍之介の同作を題材にしていると思いますよね?あれ、実は中身のストーリーはこの「藪の中」を題材にしているのです。
1人の侍の死を巡り、第一発見者の木樵、事件前の足取りを知る旅法師、多襄丸を捕縛した放免、侍の妻の母、多襄丸、妻とされる女、そして巫女の口を借りた死霊。7人の証言者がこの事件について語りますが、どれかが立つとどれかが立たなくなる。
まさに、真相は藪の中。
また、僕はこんなふうにも捉えています。これは何か難しい事件ではなくて、人生そのものなのではないか。事件一つとっても、視点が変わればその事象が引き起こす物語は人によって違ってくるし、一つの事実に対して関わる人の解釈でいくらでも膨らんでいく、それこそが人の世の楽しみではないかと。

現代にも引き継がれるバトン

『藪の中』が残したDNA

『藪の中』と同じような形式で進み、一つの事件についてあらゆる視点で扱い、関わる登場人物ごとにその解釈が異なり、その膨らみが若干重なりながらも、完全には一致することなく広がることで、物語に展開を持たせている作品が多くあります。
映画の羅生門がこのストーリーを扱っていた関係から、これを「羅生門効果」というらしいです。

まず、答えが明示されていないミステリーという点。これは、リドル・ストーリーというらしいです。今回初めて知り、代表作の「女か虎か?」についても読んでみたくなりました。

個人的には、湊かなえさんの『告白』、そして今回本棚にも置いている貫井徳郎さんの『プリズム』。これは羅生門効果が体感できる、そんな作品なのではと考えています。

さて、あなたにはこの作品がどのように映るのでしょうか。
真相は藪の中、僕たちそれぞれの心の中、自分自身にしか知る術はないのです。


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