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ストーリーを語ることの意味 〜早起き編〜

先日、ストーリーを語ることの重要性について、考えたことを書きました。

理屈ではなくて、こうだよなと思ったことがあったので書きます。
今日、通勤途中にパッと思いついたので、書きます。

例えば、です。
ある日友人からこう言われたとします。

「早起きしたほうがいいよ!早起きは三文の徳っていうだろ!」
これで
「たしかに!やるわ!」
となる人は、
相当その友人のことが好きか、もう明日にでも早起きを始めようとしていた人のどちらかです。

普通は
・あなたは誰?
・そんなの知ってるし!
・どんないいことがあるの?
・そう入ってもできない事情があるんだよ
・ちょうど今日からやろうと思ってたところなのに、言われたからやる気がなくなった
・そもそも三文の徳って何?
・意味わかって使っている?
などのような疑問が浮かぶはずです。

ですが、こんなふうに言われたらどうでしょう?
「最近朝早く起きるようにしててさ。
 朝早くから仕事している人に「早起きは三文の徳だよ」と言われて。すすめられたんだけど、その仕事ぶりがかっこよくてさ、初めてみたんだよ。

 そもそも早起きは三文の徳ってなんだよ、ってこの諺聞いた時思わなかった?
 早起きは得!ってことでしょ、くらいにしか思ってなかったんだけどさ。
 でもさ、気になって調べてみたんだよ。
 そしたらあの諺って奈良時代からあるんだって!
 当時の奈良では鹿がそこら中にいて、鹿は神様の使いとされていたから、門の前に鹿の死骸のある家は罰金が課されていたんだって!
 すごくない?びっくりするよね!
 ね、なんとなくわかってきたでしょ。そう、その罰金が当時の通貨で三文、だったってわけ。 

 早起きすると、死骸があっても丁重に弔う時間ができるから、罰金をされずに済むわけだ。なんか面白いよね。
奈良時代からも今でも言われている成功の秘訣なら、それは誰にでも当てはまるよなと思ってやってみたんだよね。
そしたら、頭の冴え具合も違うし、『え、こんなに動いたのにまだ◯時なの?』の連続で、それがまた自己肯定感を上がるんだよね!」

どうでしたでしょうか?
ストーリーがあると向き合う・向かい合う関係性から、同じものを見るような立ち位置の関係性になるように感じませんか。
小さい頃に両親に読み聞かせをされているような、そんな立ち位置。

その中で慣用句の意味も調べている自分、そしてそうだったのか、という妙な納得感、そして最後にそれをやってみた実感のある言葉

一度でいいから、早起きしてみたいなと思いませんでしたか?

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