マンガ短評:『黄金バット 大正髑髏奇譚』『オール・ザ・マーブルズ!』
『黄金バット 大正髑髏奇譚』
脚本:神楽坂淳
漫画:山根和俊
チャンピオンREDコミックス1~3巻(完結)
「強い、絶対に強い!」
ニコニコ動画で謎の人気を博し、数々のミームを生み出した古のヒーローアニメ『黄金バット』を大正ファンタジーものとしてリメイクした作品。
バットさんの基本デザインはそのままに、現代風にリライトされた迫力のある風貌はかなりかっこいい。バットさんがダンディにタバコふかしたり、ビールを飲んだりする姿だけでも見る価値はあった。というか、バットさんの出番がもっと多くてもよかったし、もっと圧倒的強さでもよかった。無敵感をもっと強調して欲しかった。
バットさん以外の登場人物は割と現代風なスカした味付け。主人公が依代となり、シンクロ率的な概念があるせいで、最強であるバットさんの足かせになってしまった点は、プロット上、仕方ないこととはいえ、もったいないと思った。バットさんにはやっぱり依代とかでなく、のびのびと飛び回って欲しい。ニコニコのバットさんにキャッキャしてた世代としては、原作通り頼りない少年少女を守るバットさんという構図でもよかった気がする。
とはいえ、ニコニコの『黄金バット』を知る人ならば口角の上がるファンサービスがふんだんに盛り込まれていたので、世代感を共有しているような楽しさはあった。あの頃楽しかったよな。ターゲットがややニッチなだけに、原作に忠実にいくか、あるいは突き抜けるか、そのあたりが中途半端になってしまった印象。
全体として、やはりバットさんそのものの魅力に依存する部分は大きいが、バットさんの色んな魅力を引き出すことには成功していると思うので、その点は高く評価できる。色んなバットさんを見せてくれてありがとう。
『オール・ザ・マーブルズ!』
作:伊図透
ビームコミックス1~6巻(完結)
現代の女子野球をテーマとした作品。
スポーツマンガとしての側面と、現代女子プロ野球の抱える問題を扱ったルポルタージュマンガ的側面がある。
スポーツマンガとしては、主人公・草吹恵の投球描写が非常に活き活きとして躍動感があり、美しい。従来の野球漫画にはない新しさ(女性ならではのしなやかさによるものとも言える)があり、息を吞むような迫力もある。そういう意味では野球漫画に新しい1ページを刻んだと言っても言い過ぎではないように思う。この点は作者自身もかなりこだわった部分であるようで、目論見通り、このマンガの見所のひとつになっていると言える。
ルポルタージュマンガとしては、抑圧された人々、社会的な不平等の割を食っている人々に寄り添う視点から描かれている。なので、そういう立場にある人々にとっては、すごく前向きで、背中を押してもらえるような作品に仕上がっていると思う。(短編集『分光器』もその傾向が顕著)
物語の軸は、主人公・草吹恵の野球への純粋さ、ひたむきさにあり、その破天荒さは周囲の人々を巻き込みつつも、大きなうねりを作り出し、純粋な「野球」そのものへと収束していく。そのプロット自体は、非常にきれいにまとまっている。このうねりの中にある人々は非常に清らかで(実際には泥だらけであったりするのだが)「聖」なるものとして非常に美しく描かれている。一方、そのうねりの外にある人々は「俗」っぽく描かれている。徹底的に「視えている世界」の違いを突きつけ、抑圧された感情を非常に素直にぶつけている。
僕は物事に対するひたむきさ、純粋さ、あるいは狂気とも言うべき執念、そういうものに非常に弱く、グッときてしまう性質だ。草吹恵についても、僕の性向からすれば、グッときてもよさそうなところだが、読後感としては全く別の感覚だった。抑圧に抗うことの「聖らかさ」への畏敬。そこには、狂気ではなく理性がある。現実を見据える視点がある。そういう意味では、スポーツマンガにあるべき熱狂ではなく、大人びた理性が作品全体を包んでいるように思われた。
ひとつ気になったのは審判の描写。作中の審判は選手に威圧されて弱気な判定をするような描かれ方をしていた。このあたり、実際にも起こり得そうな描写ではあるが、どうも俗物的に見えてしまう。ひぐちアサの『おおきくふりかぶって』では、審判の微妙な判定にフォーカスして、高校球児が審判の話を直接聞き、それを受けて球児たち自身が主体的に議論を深める場面がある。そのような描写と対比すると、何だか審判という立場が軽んじられているように見えてしまう。この点は少し引っ掛かった。
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