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ニューネッシー事件

1977年4月25日。日本のトロール船「瑞洋丸」がニュージーランドのクライストチャーチ沖で、巨大生物の死体を引き上げた。
かなり腐乱していたが、その輪郭は太古の首長竜に酷似しており、ネス湖に潜むとされる伝説の怪獣の想像図とも合致するため、ニューネッシー(ニュージーランドのネッシーを縮めた愛称)と呼ばれ、大きな話題となった。

当時、15歳だった私も、新聞に載った写真に強い衝撃を受けた。
これはどう見ても前世紀の怪物だ。
世界の果てには、まだこんな生き物が生息していたのだ!

テレビのワイドショー番組には、ボサボサ頭の古生物学者が出演し、立ち上がって熱弁をふるった。
「わ……私は必ずこんな日がやってくると信じていたのだ!私の学説通り、古代生物は今も生きていた!ネッシーもいる!雪男だって実在する!世界の伝説の巨大生物は全部……全部、存在することが、今、ここに証明されたんだ!うううう〜(泣く)」

余程、学界でバカにされていたのだろう。古代生物の生存を主張したために学界を追われた博士というのは怪獣映画では見たことがあったが、本当にいたのだ。
ワイドショー司会の川崎敬三が
「博士!落ち着いてください!視聴者の皆さん、しかし、これは現実なのです!現実に怪獣が存在し、その死骸が我が国のトロール船に引き揚げられたのです!世紀の大発見です!怪獣です!怪獣!皆さん、怪獣は生きていたのです!博士!これは怪獣で間違いないですよね!」
と叫ぶと、学者は
「正確には古代生物首長竜の一種だと思われるが、もちろん怪獣と呼んでいいでしょう!そうです怪獣です。怪獣が存在していたのです」

まさかこんな会話が現実に聞けるとは思ってもいなかった。これは怪獣映画で何度も登場した平田明彦等が演じた「博士」そのものだ。
怪獣も本当にいた。博士もいた。
実際に「博士と呼ばれる人がいたのだ。
現実と虚構を隔てる壁が、ガラガラと崩れていく。
興奮に眠れぬ夜が幾日も続いたのだった。

しかしその後、割と早いうちにニューネッシーの正体はバレた。
沖合漁業の漁師たちが、口を揃えて言ったのだ。
「あ〜あれはサメや。ウバザメや。あれは腐ったら、あんなふうになるんや。わしらは皆、知っとるで。腐った時の臭いまで知っとる。鼻、曲がるで〜」

ニューネッシーがウバザメの死骸であることは、瑞洋丸が持ち帰った肉片のアミノ酸配列からも証明されてしまったのだった。
あれだけ盛り上がっていたニューネッシーの報道はただちに終了し、あの博士の姿もテレビから消えた。

「さて今日は簡単にできる晩御飯シリーズ第二弾……ということで「紅鮭のちゃんちゃん焼き」を料理研究家の田村魚菜さんにご紹介していただきます……」
川崎敬三もあっさり怪獣のことを忘れ、ワイドショーも現実世界に戻っていったのである。

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