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16 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」 首領の「元妻」〜元夫がだまされていたと思っている
「追跡3」 首領の「元妻」
2019年6月1日、東京の中央区銀座2丁目にある豆腐料理店「梅の花 銀座並木通店」の個室で、竹中の紹介により初めて竹中の元妻に話を聞くことができた。同僚のK女史も同席した。
元妻は、想像以上に知的で上品な雰囲気を持つ、しっかりした女性だった。
元妻の当時の記憶
2004年春以降、アサクラには2度会ったことがあるという。
「最初は、この人(竹中)が怪しい仲間と、怪しい探偵業を始めたときですね。一緒に井の頭公園に花見に行ったんです。アサクラさんに加えて、この人とわたしと娘、部下の男の人が2人と、あとフジヌマという人などもいました」
「怪しい仲間と怪しい探偵業」という言い回しに、竹中は、「梅の花ハイボール」を流し込みながら「くくくくく」と笑った。
この井の頭公園の花見では、工作員の1人がデパートで豪華な食材を購入して持ってきたことなどを竹中も元妻も覚えていた。
元妻から見てアサクラの印象は良くはなかったようだった。
「そのころは、うちの娘がまだちっちゃかったんですよ。たぶん小学校の三年生ぐらいだったのかな。でもアサクラさんは、こうやって娘の肩を抱いて引き寄せるようないやらしい感じで。うちの娘に、いたずらしようとするというか。この人、すっごく気持ち悪いなというか。そういうのって違和感ありますよね。なので気持ち悪い人というのがすごくあって」
「アサクラは好色だったから」
竹中は笑ったが、そこは笑える感じではなかった。
「アサクラさんの背格好とか、雰囲気とかはどうだったんですか?」
竹中には聞いていたが、元妻の口から聞きたかった。
「見た目的には、いわゆるではなくて。どっちかっていうとインテリ風というか業界風というんですかね。軽いノリです。リリーフランキーを小ちゃくした感じの人で。しゃべり方は丁寧だけど馴れ馴れしいという感じ。しかも、ちょっと学があると見せたがっているというか。自分は学があるんだと。だからよけいに怪しい感じですよね」
なるほど詐欺師っぽさも満載である。竹中もまた常々、リリーフランキーに例えていた。いわゆるキザっぽさがあったということなのだろう。
「Z会の事件で竹中さんが捕まったときのことは、覚えてるんですか」
「えっと、あれは、娘が5年生のときかな。パパがこういうことしちゃって捕まったんだよって。それを言わないわけにもいかないかなと思って娘には伝えたんですね。しかも逮捕されたことが新聞にも載ったんですよ。だから娘がいじめられたりしたらどうしようって思ってたんですけど」
「いじめられたり、ご近所さんから言われたりしませんでした?」
「いえ、それはなかったです」
「それに、(竹中が)逮捕されたことが報道された日というのは、あの日は、ちょうどホリエモン(堀江貴文)の逮捕が新聞に載った日だったんで。そっちのほうが世間は大騒ぎだったので」
後日調べてみると、竹中が逮捕されたことは、2006年2月24日と25日に、時事通信、読売新聞、朝日新聞、NHKニュースなど多数のメディアが報じているのだが、その両日には、彼女の言うように「東京地検がライブドア前社長の堀江貴文被告ら4人を再逮捕した」というニュースが報じられていた。
「(あなたは)Z会から盗んだお金を預かったんですね」
そう聞くと元妻は少し下目がちになった。
「現金を、段ボールに入れて持ってきたんですよ」
「中身が何かは……」
「ええ、額も知ってました。それでわたしが借りていたトランクルームに入れさせてほしいと」
「それがZ会のお金ということは」
「そこまでは知らなかったというか。何かヤバそうな感じはありましたけど……。ただその中の幾らかは、わたしや大宮のお母さん(竹中の実母)が出していたお金も入っているということで」
「段ボールに入れたまま」
「はい、そのまま預かっていて。それで、おまわりさんから電話がかかってきて。もうびっくりですよね」
そのあたりの経緯は、竹中の話とは矛盾しなかった。
そもそもなぜ、竹中は探偵屋などを始めたのか、という話題になったときだった。
「オレは、世界的に有名な犯罪結社を作るために、そのリハーサルとしてだな……」
酔いがまわってきた竹中が冗談ぽく言った。すかさず元妻がツッコミを入れた。
「またー、犯罪結社とか言って、もう。少年探偵団じゃないんだからー」
5歳年上の元妻は子供を諭すように言って微笑んだ。
そのあと元妻が、何気なく言ったであろう言葉に、わたしとK女史は驚いた。
「でもねー。隠してあったあのお金が残っていたら、もうちょっと贅沢できたのに」
竹中も大きく頷いていた。これには返す言葉がなかった。
テレビの再現ドラマを観た
「この人(竹中)が逮捕されたずっとあとのテレビ番組で、浮気相手の妻を殺してほしいと探偵に頼んだらだまされてしまったというそんな事件を題材にしていて。その再現ドラマを観たときに、逮捕された男の名前が、夫と同じ名前になっていたんですね。それで、ああこの人(竹中)も、アサクラからだまされていたんだと思いましたよ」
説明がないと理解しにくい話である。
まず、竹中が逮捕された当時、いくつかの闇サイトがインターネット上で暗躍していた。竹中がボスであったイリーガル社と競っていた闇サイトに「駆込寺」というのがあった。その「駆込寺」の関係者が事件を起こして逮捕されたのである。
竹中が網走刑務所に服役しているころ、元妻はたまたまテレビで、この「駆込寺」が起こした事件の「再現ドラマ」を観た。元妻は、登場人物の仮名が夫と同じ苗字になっていたので、とても驚いたという記憶である。
わたしは「駆込寺」についてはすでに知っていたから、元妻の話を理解するのに時間を要しなかった。
元妻の話がそこに及んだときに竹中は声を荒げた。
「あの野郎はっすね、探偵の風上にもおけない奴でね。オレのイリーガルのマネしたのはいいが、小麦粉を細菌だといって使用したんすからね。「復讐やるやる詐欺」なんすよ。とんでもない悪党っすよ」
復讐してやると言って、復讐しないで金だけを取る詐欺は、もっとも悪質なのだと彼はいう。
竹中の「悪の美学」なるものによれば、毒物を売った犯罪よりも、毒物でないものを毒物と偽って売った詐欺のほうが、「悪党」なのだそうである。これは反社会において「まがいモノのシャブ」を売る輩が、仲間らから最も蔑まれる構図とよく似ている。
裏社会では「違法性」があっても捕まらなければそれでいいと考える傾向がある。一方で「裏社会での信頼」は裏で生きていくためには必要だ。「表」にも「裏」にも行き場がなくなると、「棲む」場所がなくなる。その考えが竹中にもあって、小麦粉を毒として売るなど「業界の面汚し」となるらしい。
しかも竹中によれば、当時、竹中と張り合っていた「闇サイト」関係者は、イリーガルのやり方を真似して事件を起こしたというのだ。そこには信頼しうる根拠がいくつもあった。
竹中が憤慨する依頼人をだました「駆込寺」の事件自体、普通では考えられない突飛なものであった。その事件内容を報じた毎日新聞を、まず引用しておこう。
【殺人依頼 32歳女を逮捕 警察に相談、犯行がばれる】
【インターネット上の犯罪行為などを請け負う闇サイトで不倫相手の妻の殺害を依頼したとして、東京消防庁職員の女が14日、警視庁捜査1課と多摩中央署に暴力行為法違反(犯罪の請託)の疑いで逮捕された。殺人を請け負ったとして、自称探偵業の男も、同容疑で逮捕。事件発覚のきっかけは、計1500万円の事前報酬を払った女が、依頼から約半年が過ぎても殺人が実行されないため、同署に「だまされているのではないか」と相談したことだった。(略)】(毎日新聞 2005年9月14日)
殺人を依頼した消防庁職員の女が、「お金を払ったのに殺人をしてくれないんです、だまされたんです」と警察に相談に行ったというマヌケな話である。
この記事にある「闇サイト」とは、前述の「駆込寺」のことである。事務所は東京都の杉並区高円寺北にあり、その運営者である平野(仮名)という当時40歳の男は、イリーガルと競合する関係で、しかも竹中とは犬猿の仲だった。毎日の記事にある「自称探偵業の男」というのは、この平野の配下にあった。
当時、イリーガルと「駆込寺」の両者は、ネット上では復讐代行業として知名度が高いサイトで、1位、2位のアクセスを誇る存在だったという。
竹中によれば、平野もまた、探偵業を営んだ上で「駆込寺」という復讐代行業としての違法領域にも踏み込んでいた。
「駆込寺」がイリーガルと激しい競合関係にあったというのは、当時のSNSを見たところ一目瞭然だった。よく捜査が入らなかったものだと思うほどネット上は荒れていた。
しかも「駆込寺」の運営者である平野は、竹中の業務を妨害するために、わざわざ「イリーガルファンクラブ」などといったイリーガルのニセサイトをアップして喧嘩を売っていた。複数のサイトで「イリーガルに復讐を依頼してもだまされるぞ」といった書き込みを行い業務を妨害しており、その数は数えるのが難しいほどだ。
「復讐代行!イリーガルの裏事情」、「復讐代行!イリーガルとBリストの裏事情」といったサイトも立ち上げて喧嘩を売った。その結果、「駆込寺」の運営者に触発された書き込みも続々と投稿された。
【イリーガルに支払った500万円を取り戻す方法ありませんか】(2005年4月2日)
【あの、フロの残り湯でターゲットを抹殺するっていう荒唐無稽なバカ話を信じてお金払ったんですか?馬鹿ですか?】(2005年4月5日)
【ねー。また竹中※にだまされた馬鹿が発生したみたいだね。嬉しそうに自分のとこの掲示板にいろいろ書き込みしてるね。今回の依頼人は、いくらだまし取られるだろうか】(2005年4月7日)
【ホームページにも、ジェノサイド画像と細菌を連想させるようなほのめかしがしてある。『はっきりとは言っていない、でも、これ見て推察してくれ』って感じ?だから細菌を使うと思わせておいてお客を詐欺ったらその後は、『は?細菌?そんなこと何処に書いてある?』って言い逃れするんだろうな】(2005年5月13日)
しかしその後、実際に細菌を使うと思わせた詐欺容疑で逮捕されたのは、竹中ではなく、前述のように「駆込寺」の平野の配下にあった自称探偵だった。その事件の発覚によって平野自身も、東京消防庁の女から自称探偵の紹介料165万円を得ていたことが発覚し、2005年9月24日、東京地検八王子支部により逮捕されている。
「あの野郎は、復讐代行業の面汚しっすよ。絶対に許せねえ」
竹中はいまでも怒ってみせる。
平野は実際にイリーガルにも乗り込んできた。
「ウチの天敵でしたね。ただウチは単なる小麦粉を細菌といって金を取るようなセコイことはしない。やることはきちんとやった」
事件により「駆込寺」はサイトを閉じたが一連の逮捕が大きな話題になり、「復讐代行業」とは名ばかりで、「復讐しないで金をだまし取る詐欺」だという風評が広まったと竹中は憤るのである。
元夫がだまされていたと思っている
竹中の元妻は、東京消防庁の女による殺人依頼事件を、事件発生からかなりたってテレビ番組を観て知ったという。
「もう少し、そのテレビ番組のことを教えてもらえませんかね」
わたしの質問に、元妻は少しずつ思い出すように答えた。
「えっとフジテレビのアンビリーバボーというテレビ番組ですね。たしかニセの粉を細菌だと偽って使ったという事件をやってたんです。しかも、登場人物は全部仮名だったと思うんです。でもなぜか、そのサイトを運営していたという逮捕された男の名前が、わたしの元夫と同じ苗字になってたんで、よく覚えているんですね」
調べてみると、事件から9年すぎた2015年10月1日にたしかに、フジテレビの「奇跡体験! アンビリーバボー」(実録日本の事件簿3時間超SP)という番組が放送されていた。
この番組は、逮捕された前述の東京消防庁の女が、夫からの非道な仕打ちに苦しんでおり、彼女もまた夫による被害者でもあったことに焦点を当てる構成となっていた。
【国内事件SP 真相見破れますか? 新妻に起こった出来事】
テロップのもと、番組で登場された闇サイトの管理人は、たしかに(仮名)として出ている名前は竹中の本名だった。
「すべてお金目的の詐欺だったんです」
タレントの剛力彩芽が解説するとバナナマンの日村勇紀や設楽統が、「うーん」とうなずく。そして設楽が「(消防庁の女が)かわいそうになってきちゃった」とコメントして視聴者の涙を誘うというシーンが挿入されている。
BGMとともに、次のようなナレーションで番組は締めくくられていた。
【事件の真相を暴いた新米女性刑事。彼女は新聞の取材に対して、「殺害依頼はもちろん、不倫関係も社会人としてあってはならない」とした上で、次のように振り返った。「暴力や金の要求などさまざまな要因で芽生えた復讐心が殺害依頼に至る経緯を明らかにする義務が、警察にはあったと痛切に感じました」複雑に絡みあう事件の真相を明らかにしたのは、新米刑事の繊細な気づきと職務に対する強い責任感だった】
復讐を頼んだ側にも抜き差しならない事情があったとして、それに気づいた新米女刑事の活躍を軸に展開された再現ドラマである。
刑事が「お前ら最初から、彼女をだますつもりだったな。金づるにして食いもんにしたな」とニセ探偵を追及するシーンもある。
ゲストらが「えーっ」と声を上げて、そこに読売新聞の記事画像が挿入される。つまり、はなから殺すつもりもなく女から金を受け取っていた自称探偵に対して、視聴者は、「ひどーい」「ひどーい」と感情移入するのである。
たしかにこの再現ドラマを観ると、ウソを言って金を巻きあげていた自称探偵に対して相応の憎しみが湧いてくる。そういうつくり(構成)となっている。
しかし本来ならば、その白い粉が恐ろしいバクテリアでなく偽物であったことで、消防庁の女は殺人罪に問われずに済んだはずだった。
ところが、これを観た竹中の元妻は別の感想を持っていた。
「そのアンビリーバボーでは、刑事が白い粉を机の上に出して、お前、恐ろしいバクテリアだと言って女をだましていたな、と追及するシーンがあるんですね。でもそれは単なる白い粉で。それを観て、ああ、この人(元夫の竹中)も、アサクラからニセモノを渡されてだまされていたんだと思いましたよ」
竹中がアサクラの被害者だと確信したというのである。別れても、竹中元夫婦には相応の信頼が続いているのだろう。
だがその元妻の感想を隣で聞いていた竹中としてはおもしろくない。しかめっ面をして、元妻の会話を遮ろうと、横で口をパクパクしている。その様子に、わたしは笑いをこらえるのに必死だった。
わたしとて、アサクラが本物のカビ毒を使っていたという確信はない。竹中の元妻の元夫に対する思いを感じ取り「そうですよね」と話を合わせた。
「でも何度考えても、馬鹿な話ですよねえ。これはこれで。警察に(殺してくれませんと)訴えてどうするんでしょうね。意味がわかんない」
元妻は東京消防庁の女が警察に駆け込んだことに、あらためて疑問を呈した。すると竹中は、こう答えた。
「払った金を取り戻したかったんだろ。だまされたから」
ここまでが、竹中の元妻をインタビューした記録である。
竹中を調べた捜査当局は、その手下である工作員らまでをほとんどを取り調べたにもかかわらず、「復讐代行業」としての竹中の余罪を捜査した形跡はなかった。
たとえば、イリーガルの事件簿で記した「労組の委員長の口封じ」という仕事は、セメント会社の社長だという男から、発言権が強くなった自社の労組委員長の口封じを頼まれたものである。竹中とアサクラは、京都に行き現金1000万円と引き換えにアフラトキシンを売ったという。そのときの依頼人が発行した額面が1000万円の領収証が捜査当局に提出され、それは竹中と弁護士の往復書簡にも書かれている。
刑事は、依頼人であるセメント会社の社長からも事情を聞いたはずだと竹中は言うが、それは定かではない。
ただ聞いたとしても、依頼人とて「アフラトキシンを購入した」とは言うはずはないから事件が発覚しなかったのだろうか。それとも、そもそも事件性はなかったのだろうか。しかし事件性はないと判断したとしても額面1000万円である。しかもイリーガルはそのころ一切の税金も払っていない。ウエブサイトでは、違法性をアピールするかのような挑発を行っているのである。
「オレも、ずいぶんごまかしたんで、やつら(捜査当局)が、毒物のことなんかに気づくはずないんですよ」
竹中が言うように、捜査当局は、別件にまで関心を持つ余裕がなかったのではないかと思われた。
探偵業というのは、いつの時代も違法行為に踏み込みやすい職種である。だからこそ需要がある。竹中らもそこに目をつけた。また復讐代行業は違法行為を犯しても「一寸の正義」があると竹中は考えていた。
「オレが悪いんだったら、てめえの手を汚さない依頼人はもっと悪いでしょう」と自己弁護しながら、竹中はそういった探偵業を生業と考えていた節があった。
探偵業の問題が噴出するなかで2006年2月24日、竹中らの逮捕も報じられた。その影響は大きかった。
次から次と「闇サイト」や探偵業に関する事件が問題化するなかで、同年5月25日、衆議院議員の葉梨康弘による議員立法によって探偵法(探偵業の業務の適正化に関する法律)が衆院可決し、翌年6月1日に施行された。これにより、探偵業を行う者には届出が義務づけられたほか、守秘義務・秘密保持義務、従業員に対する教育義務、報告義務・立入検査、営業停止等の行政処分・罰則などが定められることとなった。
しかしながら地下サイトでは、いまなお同類の、いやそれ以上の依頼が行われており、当局は、復讐代行、自殺幇助、特殊詐欺、違法薬物手配などへの対応に苦慮しているのが現実である。
(17につづく)
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1 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」 序章
奇病・ターキーXとアフラトキシン