9 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」 第二章 事件簿
非合法探偵社イリーガルが受注した案件は想像以上に多かった。ここでは、そのいくつかをピックアップし「リスト」として掲載する。これらは、竹中および工作員らの話と、残された資料、さらに公的資料を加えてまとめたものだが、事実関係の不明瞭な部分、まだ裏付けができていないものも含まれている。第三章の「再現」では、このうちのいくつかを、わかりやすく再現し、さらに第四章の「追跡」では、詳細にこだわりながら、そのいくつかの事実関係を確認していく試みだ。
詐欺師たちを懲らしめる
依頼人は宮城県在住の男。同じく宮城県在住の男ら、詐欺師2名に対しての交渉、金銭の回収を39万円で受注した。依頼人は相手方2名にだまされたに等しかった。竹中が内容証明を相手方2名に送付し、これが上手く行かず、相手らの郵便物を入手するために取った手段が問題となり事件化してしまった。
個人情報の売買
依頼人は郵便局員の男。イリーガルのウェブサイトを見て、クレジットカードや銀行預金情報(住所、氏名、年齢、残高、履歴、カード番号など)を売ってほしいと連絡があった。たびたびイリーガルの事務所に来て個人情報を欲しがるので、名古屋の「元締め」やその他の会社から情報を仕入れて転売。そののちの、この郵便局員がヤクザと組んで強盗などの重大事件を起こし、警視庁三鷹署から捜査協力要請を受けた。
夫の浮気をやめさせる
依頼人は40代の看護師の女。浮気ばかりする夫への復讐を100万円で受注。70万円でアサクラから仕入れた「有害バクテリア」と称する液体を依頼人の看護師に販売した。「これを飲料に混ぜて飲ませれば手の震えが止まらなくなる」と説明した上で、渋谷駅で依頼人に渡したという。依頼人からは、うまくいったと喜びの連絡が入った。
婚約者への復讐
依頼人は30代の女。東北地方の開業医の一人娘。婚約を不履行した勤務医の素行調査を30万円で受注。しかし1か月かけた調査でも浮気が浮上せず依頼人の意向により方法を変更した。張り紙や中傷ビラ、電話による嫌がらせを実行し、相手の医師を転職に追い込んだ。計200万円の報酬を受けた。
子供の奪還
依頼人は30代のシステムエンジニアの男。自分の元妻が連れ去った子供を奪還してほしいという依頼を200万円で受注。3人がかりで自宅を監視し、母親(システムエンジニアの男の元妻)が子供とともにタクシーに乗ろうとするときに、竹中が子供を奪った。元妻は泣き叫ぶが、子供の父親である依頼人を車に同乗させていたので事件化しなかった。
取引先の社員を襲撃
依頼人は会社で経理担当の40代の男。取引先の人間が無理なリベートを要求するようになったので500万円で「抹殺してほしい」との依頼があり、東京都の浜松町で打ち合わせをした。アサクラからカビ毒を仕入れて、竹中が、ビジネスホテルの一室で、蒸留水を使ってカビ毒の活性化作業を行う。ヤクザの構成員に相手を尾行させトランシーバーで指示を出して襲撃させた。相手の顔にカビ毒を擦り込んで逃走。被害者となった男は具合が悪くなり長期休暇を取った。
別れた妻に対する復讐
依頼人は神奈川県在住の30代の男。別れた妻への復讐を依頼。300万円で受注。皮膚接触で化膿して感染症を起こすという「淀川の200%増しの黴菌」と説明された液体をアサクラから仕入れて実行役に渡して仕事を終えた。
女性の自宅に侵入、夫の飲料に菌を混入
依頼人は千葉県の公務員の男。自分の部下である女性が離婚したがっているため、女性の夫を襲撃してほしいという依頼を300万円の前払いで受注(しかしその女性は、実は依頼人の不倫相手ではないかと竹中らは推測していた)。イリーガルの工作員が、アサクラから仕入れた「レジオネラ菌を強化したものとアフラトキシン」を使用した。アサクラは、この菌を使えば強烈な腹痛と肝臓疾患を誘発できると説明していた。部下は合鍵を使って夫の自宅に侵入。醤油やドリンク、酒類に混入させた。被害者の男性は入院した。
デリヘルの女に性病を感染させる
依頼人は20代後半の男。自分の貢いだデリヘルの女性の態度が悪くなったので仕事を辞めさせたいという。300万円で受注。実行部隊2人は、睡眠薬を飲ませてマルタイを昏睡させて下着を脱がせ、3日ほどで性病を発すると説明されたバクテリアと称する液体を性器に塗布。被害者となった女性はその後、店を辞めた。
妊娠中の女の胎児を殺す
依頼してきたのは20代前半の女。塾の男性講師と不倫をしており、その講師の妻が2人目の子供を妊娠したため嫉妬して、妊娠中の胎児を殺してほしいと依頼した。300万円で受注し、依頼人の女にエルゴタミン系の製剤を販売しようとしたが彼女は自分では実行できないと言い出した。また依頼人は講師の自宅合鍵も用意できなかったため、追加費用200万円を出させて総額500万円で実行までを含めて受注した。不倫の事実を口実にして、その講師の妻を呼び出し製剤を混入した飲み物を飲ませて仕事を終えた。
元婚約者の素行調査とバクテリアの混入
依頼人は40代の女性薬剤師。婚約者に振られたという。設計士だという元婚約者の素行調査を200万円で受注。5人で尾行し撮影を行うなどして調査完了。別の女と歩く写真を見た依頼人の女は激昂して、追加300万円を支払って元婚約者の男性への復讐を依頼した。実行部隊が合鍵を使って男性の自宅に侵入し、アサクラが開発したという「猛毒バクテリア」と称するものをミルクティーのボトルに混入させた。しかし男性が自宅に連れてきた後輩が間違ってそれを飲んでしまい計画は失敗。計画変更し元婚約者のバイクを細工して事故を起こさせた。
新聞記者の愛人宅を襲撃
依頼人は海外に住む30代の日本人女性。新聞記者をしている夫の浮気ぐせが治らないため、夫と愛人を別れさせることを500万円で受注した。当初は、夫を性病にかからせ浮気ができないようにする計画で、睡眠薬と強毒化した淋菌を依頼人の女性に渡した。しかし効果が表れないため、今度は、愛人のほうに危害を加えることになった。愛人の自宅に、実行部隊2名を送り部屋に侵入させ、エアコン、シャワーノズル、飲み物などに猛毒のアフラトキシンを混入、あたりに散布した。
人気ホストを殺してほしい
依頼人は看護の勉強をしている20代の女子学生。アルバイトのソープランドでは売れっ子。付き合っていた人気ホストが裏切ったため殺害を希望した。しかし2000万円を要求するも、用意できず前金の1000万円で受注。ホストのフェラーリを追尾。降車時に馬乗りになり鼻をつまんでアフラトキシンなる液体を流し込み任務を完了。3か月後、そのホストは姿を消した。
婚約不履行の男の結婚を妨害
依頼人は30代の女性で元銀座のホステス。元婚約者の結婚を妨害してほしいというもので1300万円を支払うという。実行するのは工作員の男と新人の男。エントランスに現れた元婚約者の男の首をブラックジャック(殴打用の武器)で殴り、昏倒して倒れたところをワイシャツの上からスタンガンを当てて失神させ、意識がないのを確認して顔面を崩壊させる計画だった。だがこれは途中で断念することになった。
家裁の調停委員を改造銃で襲撃
依頼人は「子供の奪還」を依頼した30代のシステムエンジニアの男。離婚調停がうまくいかなかったのは50代の家裁調停委員(女性)のせいだと逆恨みした。調停委員の襲撃を300万円で受注。工作員と新人の2名に150気圧もの威力がある改造銃を渡す。「化け物マスク」を着用した実行役が家裁調停委員の自宅近くのヤブから狙撃。女性の右肩に鉄鋼製のベアリングが突き刺さる。盗難車の車内をクリーニングする際も怪物マスクははずさず、毛髪1本、証拠を残さないように指示して任務完了した。
米国在住の夫をだまし警察に告訴してほしい
依頼人は現職の日本航空(JAL)の客室乗務員(フライトアテンダント)。米国で開業している悪徳な形成外科医を懲らしめるため「その病院でだれか女性を受診させ、セクハラされたと米国の地元警察に告訴してほしい」と依頼。予算は500万円と言うが竹中は困難と判断。品川で依頼人と面談するものの金は受け取らず詐欺師を紹介。その後、品川署で竹中が取り調べられる。依頼人の女がチンピラに医師の拉致などを依頼して強盗事件に発展した。
女子高生を拉致してほしい
依頼人は20代のデイトレーダーをしている男。17歳の女子高生を拉致して自分のものにしたいという。500万円を前金でもらう。ところが女子高生はストーカー被害届を警察に出していたため、女子高生を追跡中に実行役が警察官に調べられる。激怒した竹中は、このデイトレーダーの責任を追及し追い込む。
クラブの女子を拉致・誘拐
依頼人は20代の男。気を寄せているクラブの女の子をさらってほしいと依頼し前金で400万円を受け取った。実行犯は部下とドライバー役の中年の女。車は盗難車を手配した。部下がクラブに潜入し、ドリンクに睡眠導入剤を入れて昏睡させ介抱するふりをして店外まで連れて行き車に押し込んで依頼人に渡した。さらにこの依頼人が女の子を連れ去るところをビデオ撮影した。後日、依頼人を恐喝して50万円を受け取った。
宗教団体からの依頼
依頼主は内輪揉めをしていると思われる宗教団体。アサクラとともに新宿のロイヤルホストで面会。第二夫人の浮気相手の男の素行調査と、教祖が唾をつけた女に対する素行調査だった。変装(キャップとサングラス、顔に絆創膏)して監視カメラを避け、調査対象者の自宅のガラスに薄型発信機を貼り付けて撮影を行う。第二夫人の不倫相手は医師で都内のホテルを頻繁に使用していることが判明。不倫現場写真の売買はアサクラに委託した。
労組委員長の口封じ
依頼人は京都のセメント会社社長(自称)。40代ぐらいの男性から、発言権が強くなった自社の労組委員長の口封じをしてほしいという電話依頼があった。東京から京都までの往復のチケット代とホテル代を依頼人が負担したため、京都で社長と面会。「殺っちまうってことでよろしいですか」と聞くと「それしかないもんかのお」との返事。1000万円を提示し後日電話で了承するとの連絡がきた。再度京都に行き現金と引き換えにブツを渡す。「加熱しない、塗布の場合は蒸留水で展開、吸引に注意、直射日光に晒さない、経口が一番なので十分に飲食物に混入する、残りはエアコンの噴き出し口に塗布する、飴やガムにも有効」などとアサクラが依頼人に使い方を説明した。依頼人からクレームもないことから計画は成功したと推測されるという。
テレビ制作会社の女社長への復讐
かつてイリーガルから仕事を持ち逃げした制作会社の女社長への復讐。竹中は変装して、女工作員とともに女社長のマンションを訪問。ドアがあいた瞬間に女工作員がバトン式スタンガンを差し入れ女を失神させる。女の手足をインシュロックで縛り上げ強姦した。女工作員が女社長の顔に放尿し、意識を取り戻した女社長を脅してビデオ録画した。
ホストと両親を消してほしい
依頼人は自称元政治家秘書(愛人)の女。ホストにだまされたので仕返しをしてほしいという。500万円の手付金で、調査を開始したものの、依頼人の女は、「介護をしている両親も殺してほしい」などと言い出す。調査の結果、女はホストクラブで幾つもの騒ぎを起こしているハードストーカーだった。調査中止を伝えると、女は自殺すると叫びだしたので、これで自殺しろとインスリンを渡して帰らせた。
7億5千万円を横領
依頼人はアサクラという氏名不詳の男。当初は、IT企業の若手エリートの行動確認の依頼だった。この男を尾行したが失敗した。アサクラと竹中は、犯行をためらう吉永を説き伏せて、実行役の2名を雇い、Z会の関連会社から7億5千万円をだまし取った。竹中の逮捕後にアサクラは5億円の小切手と現金6200万円を持って逃亡。この事件で吉永は懲役5年、竹中は懲役4年の実刑を言い渡された。竹中は網走刑務所に5年3か月収監され満期出所した。
これらの事件簿にあるのは、いずれも2003年から竹中が逮捕され網走刑務所に入所する2006年までの4年間の事件であり、これらは全体の半分に満たない。すべてがバレればそれこそ「死刑になる」と工作員らは口をつぐんだ。古いものは17年を経過しており捜査資料や裁判記録でさえ廃棄されていた。
こういった事件簿について半信半疑な人もいる。たとえば、ニューヨークで経験を積んで日本に戻り、大手百貨店のディスプレイを担当している友人もそうだ。彼はわたしたちのオフィスと同じマンションで仕事をしていた。
「ちょっと信じられんというか、こんなこと本当にしますかね。それに警察とか放置せんでしょう」
前出の、K女史や西村といった同じ会社で仕事をしていて概要を知っているものさえ同じである。
「でもアフラトキシンというのが、もし本当ならシャレになんないですけどね」と西村は言う。
「どこまで本当なのかな」と当初はK女史も首をかしげた。
わたしはむしろ、このリストにあるものは、おそらく事実であって、むしろ、まだリストにはあげていない聞き出せていない案件に、もっとアサクラにつながる「闇の事件」があると思っている。
アサクラの関わった事件
わたしが最初に竹中と出会ったのは、前述のように、2012年の8月27日である。当時のメモによれば、わたしは、同じ年の9月22日と10月6日に会い、2013年には、4月25日、6月21日、12月5日、2014年には2月16日に会っている。
2015年ごろ、竹中から聞いたイリーガルの事件簿をすべて調べて書いてみようと思ったことがある。しかしそれは膨大なものになる上、わたしの目的がぶれる気がした。わたしにとって重要なのは、まずアサクラの正体を知ることであり、そして竹中のことをきちんと理解することであり、さらに毒物を使う事件について、自分自身のテーマとして考えることだった。
2016年になると、わたしは、「アサクラは間違いなく実在する人物」だということを確信するようになった。それは多くの事件に関わってきた工作員らの存在を知るようになったためでもある。
わたしはしつこく当時の関係者を紹介してくれと頭を下げた。
アサクラが関与したという毒物や薬物に関する事件は少なくとも10件あった。しかし、彼らが語りたがらないものもある。
アサクラと面識を持つ人物は少なくとも15名はいた。しかも、これらのほとんどの人物と捜査当局が接触していた。古い事件ではあるが、これを丹念に追えばアサクラの正体は見え始めるはずだった。2017年には少なくともわたしは、そう考えるようになっていた。わたしは何度も自分なりの図をつくり、これらの人物がどのようにアサクラと関わったのかを探っていった。ここでアサクラと面識のある人物をここで列挙しておきたい。
まずは竹中の部下で工作員だった男4人と女2人である。このうち男1名は強固に拒否したため会っておらず、もう1人のイリーガル工作員の男からは話を聞くことができた。この男は後述するように工作員のなかでは最も優秀で屈強であり、しかも竹中に忠実で、ほとんどの事件で指示どおりに、竹中の言うところの「ヤバい仕事」を数多くこなしてきた人物だった。
さらに竹中の当時の愛人は、竹中の逮捕により関係が消滅したため所在が不明である。この愛人もアサクラについて重要な情報を握っていると思われた。彼女の個人情報の一部は入手済みのため、いずれ接触できると踏んでいる。
竹中の実母もまた、2度、アサクラと面識があったという。しかしのちに病死したために話を聞くことはできなくなった。またアサクラと面識があったという竹中の元妻には実際に会って話を聞くことができた。アサクラの存在を裏付けるための証言が得られた。
「人気のホストを殺してほしい」と依頼した女、セリカは本名だという。この女はアサクラと大阪に行った際に証明書の偽造事件を起こして逮捕されている。アサクラと性的関係もあったという。
竹中の通っていたパブの女もアサクラと面識がある。竹中とともに池袋でこの女と会食したが、極度に警戒されてしまい話はあまり聞けなかった。女の態度に竹中がキレそうになり面倒だった。
Z会事件主犯となったZ会の経理担当者の吉永は消息がわからずアサクラが連れていたという用心棒の大男にも未だ会えていない。また夫の愛人を襲う依頼をした報道関係者である女を加えると15名ほどになる。ヤクザや元ヤクザ、自称ヤクザなどの実行犯であるが、そのうち2名は、どこの組のだれであるかなどはわかっている。しかしそれ以外の者たちは、どこにいるのかさえわからなかった。
次の章では、わたしが竹中にインタビューして書き留めてきたもののうち、状況が分りやすい事件を「再現」しておこう。
10に続く
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1 「イリーガル探偵社 闇の事件簿」 序章
奇病・ターキーXとアフラトキシン
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