にほんにせんそうがあったころ
両親は商売をしていて忙しかったため、私は祖父に育てられました。これはその祖父に断片的に聞いていた戦争体験をいつか自分の子供に伝えたいと思い、お話の形にまとめたものです。
これはおかあさんのおじいちゃんのおはなし。
だからむかしのはなしだけど、すごくむかしのはなしでもない。
おじいちゃんのなまえはみちおさん。
みえけんにある「わたかの」というしまでうまれました。
20さいになったころ、しまにはしごとがなかったので、みちおさんはへいたいさんになることにしました。
そのころ、にほんはせんそうをしていたのです。
せんそうってしっていますか?
せんそうとはは、くにとくにが、おおきなけんかをしていることをいいます。
みちおさんのいえにはきょうだいが11にんもいてびんぼうでした。それでも、おとうさんとおかあさんははたけをいちまいうって、へいたいさんのがっこうへいくみちおさんにかたな(ぐんとうといいます)をつくってくれました。
みちおさんはかいぐんにいきました。ふねにのってうみでせんそうをするへいたいさんです。
ほんとうはひこうきにのりたかったのですが、めがわるかったのでパイロットになれませんでした。
かわりにひこうきをなおすひとになりました。
かいぐんがのるふねはとてもおおきくて、ふねのうえにたくさんひこうきをのせているのです。
みちおさんはふねにのって、いろいろなくにへいきました。
あるくにでは、ふくろにいっぱいのおさとうをかって、かいぐんのともだちとわけあっておやつにたべました。
やすいとおもってバナナをかったら、トラックにいっぱいのバナナがとどいて、こまってしまったこともありました。
みちおさんはせがひくくてかわいいかおをしていたので、えらいひとのごはんをよそったり、おてつだいするしごともしました。
おてつだいをすると、ときどきおいしいものがもらえたそうです。
たべもののはなしばかりですね。
みちおさんはかなりのくいしんぼうみたいです。
みちおさんはふねでミッドウェーというところにもいきました。
そのころ、にほんはせんそうにまけていたのに、まいにちかっているとうそをついていました。
みちおさんののっていたふねは、てきのこうげきをうけてしずみました。
かいぐんのなかまたちは、みんなうみになげだされました。
しまうまれでおよぎがとくいなみちおさんは、おともだちをはげましながら、まだしずんでいないにほんのふねまでなんとかおよいでいきました。
それからみなみのくににいきました。
へいたいさんたちはえらいひとにめいれいされて、なんにちもなんにちもジャングルをあるきました。
たべるものはほとんどありません。あるのは、なかまやてきのしたいばかりです。
くさやきのみや、うさぎやへびをとってたべることもありました。へびはほねがたくさんあって、バリバリしていてあまりおいしくないそうです。
あるとき、えらいひとがにくのかたまりをみんなにくばりました。
「サルのにくだ、くえ」といいました。
サルをみたことはありませんでしたが、みんながたべました。
ジャングルのなかで、みちおさんはてきのへいたいにであいました。
みたことのないひと。にほんじゃないくにのへいたいさんでした。
こわくなって、もっていたかたなでてきのくびをさしました。
てきのくびからはちがふんすいのようにとびでて、やがてばったりとたおれました。
はじめてひとをころしたみちおさんは、それから3にちのあいだ、だいすきなごはんがひとくちもたべられませんでした。
1945ねんにせんそうはおわりました。
いまから70ねんくらいまえのはなしです。
ふつうのひとがふつうのひとをころすじだいがほんとうにあったのです。
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