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世界茶屋探訪028 くるちゃんグルに会う

みなさま、ごきげんよう。茶屋なんていったら、先生に叱られそうですが、とても美しい道場だと改めて感じたので、みなさまにも、この空気を共有致したく、「世界茶屋探訪」としてお便りを書くことに致しました。実際、先生にお茶をいれて頂いたりもしたし、ほっとできる場所という意味の茶屋ということで、お許し頂きたい。

本棚。欲しい本がたくさんある。

潜在意識教育

読みたい本がたくさんあったが、一番最初に選んだのは、晴哉先生の「潜在意識教育」だった。サカ先生は、「ヤマさんが読むべきは、それじゃないんじゃないかなぁ。」と囁いたが、当時いろいろ感じることがあって、それを選んだ。

個人指導の先生を、私は、心の中で「サカセン」と呼んでいるが、サカ先生は私を苗字に「さん」を付けて呼ぶ。「ヤマさんは、自分のことを大切にすると、ヤマさんのことを大切にする人が、周りにいっぱい集まってきますよ。」と操法の締めくくりに言った。
当時、自分のことを大切にするという意味がよくわかっていなかった私は、ボロボロ泣いたような気がする。

整体に関する本をたくさん読んでいたし、晴哉先生の言葉には、共感することが多く、勇気づけられたり、元気になったり、今でも脳内に保管し、必要な時に取り出して活用している。正直理解できないこともたくさんあったし、今も理解できないこともあり、実は理解しているつもりなだけだったり、とにかく知識だけが頭に詰め込まれている状態だった。操法は、体癖を観察して、個人の特性を活かして先生がカスタマイズする。頭の中で、おおよその自分の体癖は、わかっているつもりだったが、それは、聞きかじりの感受性の面からの自己観察であって、体の使い方の癖から観察したわけではない。

サカセンには、いろいろなお話につきあってもらったが、私が話したあとに「って、書いてあった。でしょ?」と付け加えられ、笑った。しばらくすると、自分から「って、書いてあった。」と言うようになった。「考えることと悩むこと」「記憶と記録」「空想と妄想」など、いろいろなトピックのお話につきあってもらった。

「波に興味があるんです。」といったら、「ヤマさんには、波はまだ早い!!!」といわれ、一回手放したけれども、やっぱり見てしまって、最近やっと、波に乗れそうな自分になった。

「心頭を滅却しているんです!」と嘯く私に、「これは、心頭滅却とは言わない!」と呆れて言われたこともあった。「呼吸が変。」と言われたこともあったし、「幽霊みたいだよ。」と言われた日もあった。

「いい体してるなぁ。」と呟く先生の言葉を聞き逃さず、「そういや、今まで大きな病気をしたことも無く、健康ないい体だよなぁ。」と改めて思った。「お!ヤマさん、最近お腹が出来てきましたね!」操法を受け始めて何年かあとに言われ、「そういや、最近、周りに流されなくなったなぁ。」と思った。自分の体に「ありがとう。」と感じたり、「ごめんね。」と謝ったりもできるようになった。

前室
養生とは、いつも楽々悠々生くること也

目的は何か?

最後の活元運動の日、サカセンが「目的は何か。ってことです。」というお題を残していった。「ヤマさんは、何故生きているのですか?」と聞かれたので、「生まれたから、生きています。」と答えた。

整体協会は錐体外路系の訓練を中心とした新しい体育を提唱し、その方法を会員相互で開拓研修している団体であります。当道場では、この外路系運動を目標に活元運動、整体体操、行気、活元呼吸などを指導しております。人間は、元来自分の体を自分で保つような構造をしております。このことを先づ自覚して戴きたいのであります。精神集注法による愉気という手段を介して内なる力を誘発するための個人指導も行っておりますが、これも活元運動などの自律的訓練法と目的を異するものでなく、それにより外路系の働きを、より高度にし整体に導かんとするものであります。整体であるということは、その生が十全に生きている状態であり、それが生命の最も自然な状態なのであります。

社団法人 整体協会

「邪気を吐きにきたぜぇ。」というくらい、邪気を溜め込んでいたこともあり、自分の在り方によって、いつも同じはずの晴哉先生の写真が、厳しく見えたり、優しく見えたりしていた。

野口晴哉先生


溌剌と生くる者にのみ深い眠りがある。生ききった者にだけ安らかな死がある。

地区道場のしおり

最終日、見慣れた道場を名残惜しく隅々まで見回して、サカセンに写真を撮っても良いか尋ねると、こころよくオッケーしてくれた。壁に掲げてある、暗唱できるくらいに読み込んだ書や文章を改めて読んで、生きる目的を再確認した。

この道場ができた時の「道場のしおり」を読んで、何十年も前に晴哉先生が書いた文章を感慨深く読んだ。

身体運動の正常を保つということは、健康維持上もっとも大切なことでありますが、意識して行う身体運動にも、錐体外路系運動が反映し、錐体外路系が正常であっても、外路系に偏り習性があれば、意志で努力しても、工夫しても、意識運動に歪みが生ずるということが明らかになった為か、近時は外路系訓練の体育として、活元運動を実行する人が急速に多くなりました。日本だけでなく、パリでも、ローマでも、またベルリンでも、実習する人が日々増加している。曲がった体で真直ぐ歩こうとして無理な如く、日常生活に於ける、歪んだ動作のくり返し、偏り疲労の積み重ねをし乍ら衛生のことを工夫しても実効は少ない。本会は全国の各地区に活元運動の為の道場を建設し、自ら身体運動を調べ、体力を発揮しようとする人々の便に供するため、この募金を計画しました。活発な元気な人を一人でも多くしたい。理解ある方のご協力を得れば幸いです。

野口晴哉

先生の愉気

制御不能状態の私に、「もう見捨てるよ!」と先生が笑って言った。
操法の終わりに先生が、「ヤマさんは、誰かに認められようとするんじゃなくて、自分で自分を認めてあげること。」と言った。

数年前の追突事故の物理的なムチ打ち症状は、自分で自分を憐れむことに酔いしれる心の状態に拍車をかけ、正直思い出したくないが、それでも、当時の自分は一生懸命であったこと、より良くなるために情熱を注いだことは、認めよう。

最初の操法の時の先生の指導。「ヤマさんは、まず、自分と人は、それぞれ違うということを知って下さい。」「やりたいことだけをやって、やりたくないことは、やらない。」「活元運動をする。」
先生!私、全部できるようになりました!ありがとうございました!

活元運動

生と死の境

病は治すものにあらず、治るもの也。体を改革するに用うるもの也。
今の人、治さんことを焦って用うることを知らず。
水は体を冷やし、また温む。
断食して丈夫になる人あり。餓死する人あり。
食わねば丈夫なり、食えねば餓死する。
生と死の境、「わ」と「え」のみ。なんぞ生くるに「わ」を用いざる。

野口晴哉

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