③【メンタル潰れました】今 辛い人や、もう頑張れないって思った時に読んでもらえたら😌💓Part3:簡単な事ができない
ここから どんな状態か日付け別に少し細かく記載していく
8月17日
いよいよやばくなってきた、完全に行動が制御できない。
涙も止まらないまま 携帯握りしめてぐるぐるぐるぐる家の中歩き続けてどのくらい経ったのかわからない時
ふとラインが届いた。
『ご飯いついけるのー?』
友達でもなんでもない、知り合いの男性からだ。
大勢でご飯食べた時に連絡先交換した人だ、
どうでもいい。
ご飯?そんな余裕なんてない ふざけんな。
私 この人なら嫌われてもいいわ、
そう思って素直に返信した。
私『 誘ってくれてありがとうございます。今ちょっと 楽しくお話できる感じじゃないのです。31歳で初めて病みました、すぐ良くなると思ってたんですが 良くならないんです。
カウンセリングを受けて家庭環境からくる根本が問題だったこともわかりました、今 隠し続けてたパンドラの蓋が開いてしまった状態なんです。ここで自分に向き合わないといけない時期なんだと思います』
すぐ返信がきた
男性『大丈夫?あんまり根詰めると良くないよ。気分転換とかも上手にね何か出来ることがあったら遠慮なく言ってきて』
これが 友達なら私は大丈夫だよって返信してたと思う、でも全然大丈夫じゃないのと、この人なら嫌われもいいやって思ってたせいか 何も飾らず返信ができた。
泣きながら歩き回りながら文字を打った。
手が震えて時間がかかる。
私『正直 大丈夫なのか大丈夫じゃないのかわかりません、でも大丈夫にしていかなきゃいけないってことは理解してます。
自己肯定感が低いから自分で自分を認めてあげれるようにならないといけないって教わりました。
だれか助けてって日々思ってしまうけど この問題解決できるのは自分自身なんだってわかってます。自分の存在を自分で認めるってこんな難しいと思いませんでした。
今まで周りからの評価を気にしすぎて自分の感情なんておいてきてたせいか 私が何をしたいか 今何を感じているかがわからないんです。
ご飯に行くエネルギーは無いのですが もし六本木の近くまで来ることあったら お茶に誘ってください🍵』
ここまで言ったら この女病んでるなと思って引くだろうなって考えてた、もうどうにでもなれって思ってた。
そしたら違った。
男性『うん。誘うね。俺も実は5年前にパニック障害になってさ。。。』
私『パニック障害 どうやって克服されたんですか?たぶん 私は今プチパニックを繰り返してる気がします。目が覚めそうになると動悸がして呼吸が苦しくなります。意識して呼吸整えるけど 何が不安なのかもわからない』
もう、すがる思いだった。
この時すでに1時間以上 泣き続けて限界だった、涙の意味もわからないから 止められない。本当に自分がなんで泣いてるかわからない。家中を徘徊してる意味もわからない。
男性『今話せる?』
私『恥ずかしいのですが、涙が止まらず
ちゃんと話せるかわかりません。
というか、たぶん話せません』
男性『俺の話聞けるだけでもいいし、聞ける?』
私『聞けます』
そしたらすぐに電話がかかってきた。
私は嗚咽だけで全く声が出てこない、まだ歩き回ったまま止められない。
彼はまず大丈夫だよと一声かけて そこからすぐに対処療法を2つ 手短に教えてくれた。
2つ目の対処療法を試したら ぴたっと涙が止まった、やっと呼吸ができた、歩き回ってた足も止まった。
私が泣き止んだ後、彼は言った。
「俺もさ、やばいって思ってた時期あるんだけど周りのやつに話したらそういう時期あったやつ結構いるんだよね!大丈夫だよ 必ず治るから。歩き回るのとかめっちゃわかる、異常な行動ってわかってるけど 制御できないんだよね、俺は狭い場所もダメになってたよ。でもね 必ず治るよ。自信ついてきて俺は1ヵ月で治った。周りに頼りな!みんな助けてくれるから。自殺するやつの気持ちがわかってしまうよな、1人で抱えこみすぎちゃダメだ、友達はそんなことで離れていかないから大丈夫」
この日 私は友達でもなんでもないこの人に助けてもらった。
『大丈夫』『必ず治る』『異常な行動するのがわかる』この言葉にとても救われた。
電話を切り、落ち着いて見渡したら 鼻水を拭くために使ったティッシュの量に笑えた、お腹が空き 喉が渇いていた。
この後 久しぶりにお風呂に入りたいと思えた。誤解しないでね?笑 一応毎日入ってたんだけど、この日まで 毎日入らなきゃいけないっていう強迫観念から無理矢理お風呂に入るってことをしてたから今思えば 風呂ですらストレスだったの。
そして気付いた、今 一番自分に過度な期待をしているのは 私自身だって。今は日常生活すらふつうにできない うつ状態だって。
8月19日
不思議なんだけど、テレビ見るのもエネルギーが必要で疲れてしまう。この文章だけ見ると意味わからんやろ、でも テレビを見るという行為が重労働なの。疲れるからテレビをつけられない。
仕事には行ける、ギリギリの意地だった。
仕事が終わった時、私の顔色が悪いと気付いた先輩が声をかけてくれた。
話しながら 私の状態がまずいと気付いたらしい、「今日家行こうか?」と聞いてくれた。どうしたらいいかわからない、来て欲しい気がする、でも言えない。
癖になってる言葉がでた「大丈夫です」。
それでも彼女は引かなかった「うん、やっぱ行こうかな!」、私は「はい」とだけ答えた。
帰宅中 別の友達から連絡が入った。彼氏と色々あったらしく 明らかに落ち込んでいるという内容だった。自分に余裕がないのに 助けなきゃって思った私は家について電話をした。電話口で繰り返されるネガティブワードにガンガンと頭痛がした、でも切れない。電話口の声が涙声なのがわかる、慰めなきゃ、でも頭が回らない。言葉がでてこない、頭痛がひどくなっていく。もうやめてくれ、もうそれ以上言わないでくれ、頭を抱えながら丸くなった。電話を切った私は丸まって話せなくなっていた、何も考えられずただ疲れていた、頭に灰色の世界が拡がっている感じ。
電話が終わると家に来てくれていた先輩が私にゆっくり話しかけてくれた、自分の心の拠り所とか ストレス発散方法とか話してくれた。それに対して頷くことしかできなかった、しばらくして私は一言「眠いです」とだけ答えてソファの隅で丸くなって寝始めた。彼女はそのまま家にいてくれた。
そろそろ帰るねと 私に声をかけて起こしてくれた時 私は玄関まで見送ることもできなかった。上体を起こすということができなかった。ふと時計を見た、5時間以上も一緒にいてくれていた。
何度も家にきて、ただ一緒に過ごしてくれる先輩に本当に助けられた。
8月20日
スキニージーンズの締め付けが苦しかった。タイトできついって意味じゃなくて、脚にはりついたジーンズだけで 30分間走った後のような息苦しさがでた。苦しくて慌ててジーンズを投げ捨てるように脱いだ。
このまま家にいたらまずいと思って外にでた、自然を見たほうが良いって教えてもらったから 近くの檜町公園まで行くことにした。この公園でまた発作がでた、帰ろうと思って動きだしたけど 来た時と違う道を通ったせいで 帰り道がわからなくなった。
言っとくけど帰り道がわからなくなる距離じゃないの、家から歩いて5分程度だし 行きとは違う道といっても ただ公園の隣のミッドタウンのビルに入っただけなのに パニックだった。
人が多いことにもパニック、ビルの中が複雑で出口がみつからない(全く複雑じゃないよ)、テナントの地図を見ても理解できない、ここから出れないと思ってさらにパニック。同じところをグルグルグルグル周った。
ちなみにパニックっていっても うわー!って叫びだすパニックじゃないの。
自分の内部はうわー!ってなってるんだけど 外部にはでないから 側からみたらあんまわかんないかも。不安でシクシク泣いてるんだけど大きなマスクと大きなメガネしてたから 気付かれなかったと思う。しかも焦って速く歩こうとしても異様な疲労感で速く歩けないから『速く歩きたい』+『足を速く動かせない』=『結果 普通のスピード』ってな感じで焦ってるようにも見えなかったはず。だから もし近くで見てる人がいたら ただ この子うろちょろしてるなって感じだったと思う。
無事出口もみつかり 帰宅できると安心したのか、一気に疲労感がでてきた。ただ歩くだけなのにめちゃくちゃ疲れた、家に帰るまでの間に何回か立ち止まって 膝に手をついた。10分あれば余裕で帰れる距離に40分近く費やした。
この日は仕事に行けなかった。
仕事に行けなかったという事実と、明日は予定があるから絶対に休めないという思いから また家の中でパニック。
この夜また助けられた、無理矢理家から引きずり出してくれる人がいた。
海行くよーと迎えにきた。車の窓と天窓を開けて 風って気持ちいいよねーとか話しかけてくれてたと思う。「ああ」とか「うん」とかしか答えれなかった。
海といっても お台場だから 車で15分程度、高速道路に乗り 六本木から離れていくにつれて景色が目に入るようになってきた、それまで外見てても目線が下がってたから道路しか見えてなかったんだと思う。車の窓から見えるキラキラした夜景を見て 世界って思ってるより広いかもって、ぼーっと思ったのを覚えてる。
海に到着して 砂浜に行くと 何人かいた。夜の海ってもっと怖いもんかと思ってたけど 穏やかで波の音も心地よかった。
話す事が難しかった私は 砂浜に立ちつくしたまま 暗くて穏やかな海を見続けた。
静かだけど 波の音があるから無音じゃないのと、暗くて顔がよく見えないってこともあって、安心できたのか堰を切ったように いきなり私は話し始めた。
もう順序なんて関係なくぶちまけた、どうしたらいいかわからんとか、今日あったこととか、なぜかお金がないって変な考え方になるとか、明日仕事行けなかったらどうしようとか、私おかしくなってるとか、食生活ちゃんとしなきゃとか、テレビ理解できないとか、人の愚痴聞くとさらに落ちたとか、異常な行動してる自分を客観的に見れるけど止めれないとか、治らなかったらどうしようとか、なんかとりあえず出るだけ出した。
ちぐはぐだし、たぶん聞いてるほうは意味わからんかったと思うけど 「それどういう意味?」とか質問はせずに、話を聞きながらちょこちょこ こう思うよーとか突っ込みとかを入れてくれた。そして最後に一言 「大丈夫だよー仕事しなくても あんた可愛いから養ってくれる人なんていっぱいいるよ」。
それ聞いて なんか脱力して笑えた。その日 初めて笑えた。そこから普通に会話ができた。
会話のキャッチボールができるようになってから再度ぶちまけた、『治らなかったらどうしよう』この恐怖が強かった。大学の実習中に精神病棟に入院していた患者さんのようになったらどうしよう、人生終わりだ、こう思ってた。
(この表現に気分を悪くした方がいたらごめんなさい、今は 入院したって別に人生終わらないし、入院するくらい重症でも治るってはっきりわかります。叩かれるかもしれないけど この時の素直な気持ちを書きました)
そしたらこう答えてくれた「絶対大丈夫、必ず治るって。そんな心配する必要ないよー」
軽い調子の返答だったけど、目を合わせれない私をまっすぐ見ながら 言い切ってくれていた。本当に助けられた。
帰る前に波の音を聞きながら 両腕を使って 大きく深呼吸した。久しぶりに身体が伸びる感覚を感じ それがとても気持ち良く、しっかり呼吸ができた。