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年の差婚は,罪つくりかもしれない

夫は私より12年上。干支が同じでひと回り違いだ。

27歳と39歳で結婚した当時は今ほど年の差婚が多くはなく,夫の同期や友人から「犯罪だ」と言われたものだ。二十代妻と三十代夫と考えれば不自然ではないけれど,さかのぼれば6歳と18歳だったと思うと確かに犯罪チックになってしまう。

以来20年以上一緒にいる。当然いつまで経っても12歳の年の差は変わらない。

お互いのとらえ方も、出会った当時から変わらないようだ。私にとって夫は先輩として助言を求める相手だし,夫にとって私はいつまでも年下のネーちゃんのままらしい。まるで親戚のおばさんが姪っ子をいつまでも小学生扱いするような,あるいは子犬の時から飼った犬には老犬になっても子犬の頃の面影を見てしまうような,そんな感じだろうか。

夫は10年前から数年おきに小さな癌を発症し,さらに半年前に大きな癌が見つかった。病院は私の職場から徒歩10分程の場所。病室から私の職場のロゴマークがついたビルが見える。

10年も病院への入院を繰り返しているが,職場が近いものだから,私がたびたび病院へ面会に行く前提で入院の荷物を用意する。着替えは入院期間が長くても最大4枚程度。汚れ物を病院のランドリーで洗濯するのを嫌うので私が持ち帰る。私は次の面会日には着替えが入った手提げ袋を持って満員電車に乗り込み,仕事帰りに病室へ持ち込む。食べ物も,入院時にはあまり持ち込まず,入院後数日経ってからお茶やキャンディが,銘柄と数が指定されて差し入れてほしいと頼まれる。

そして忙しくて面会に行けない日があると,不機嫌になる。

この調子なので,以前は毎日面会に行くようにしていたが,子どもたちを留守番させているし,50を過ぎたら仕事帰りに病院へ通うのはしんどくなり,週に2,3日程度にしてもらった。今年の4月の入院以降,コロナウイルスの流行のため面会が制限されて,正直なところ初めはほっとしていた。

今年に入り,肺疾患のために在宅酸素療法,つまり酸素を補給する生活を開始した。外出時には酸素ボンベが欠かせないし,激しい活動や重い荷物を運ぶことはできない。

入院のたびに私は荷物持ちをする。酸素ボンベを引きずる夫の後ろから、私はつんのめりそうになりながらスポーツバッグを肩に掛けて追いかける。夫は振り向きもしないで行ってしまう。病人だから自分のことで精一杯なのだとわかっているけど,せめてたまに振り向いてついてきているか確認してくれないかな。

入院の手続きが終わったら,夫が指定した飲み物や食べ物を病院地下のコンビニへ買い出しに行く。レジ袋のLサイズ2袋分に水やお茶を買い込み,またよろよろと病室へ持っていく。

そして,入院中も様々な指令が電話やLINEで飛んでくる。

この人の中で私は、いつまでもぴょんぴょん飛び跳ねていた20代の私のままなのに違いない。

夫は春から始めた抗がん剤の影響で見る見るうちに痩せ,私より体重が軽くなってしまった。動くごとに息が切れるので,私に背を向けて座椅子に座ったまま「物を取ってほしい」「背中をさすって」と言うようになった。その様子は,3年前に亡くなった昭和ヒトケタ生まれの義父が,居間のソファに座ったまま義母に指図していたい様子にも似ていた。

薬の副作用で脱毛するため,抗がん剤開始後に頭を刈り上げた。3か月ほどしたら,まばらに髪の毛が伸びて不揃いになり,それが余計に夫を年寄りくさく見せた。どうせ誰にも会わないからと面倒がる夫を説得して,私が電気バリカンで頭をきれいに刈り揃えた。誰にも会わないって,私が毎日そばで見るじゃないの。身だしなみを整えると、見ていて気持ちがいい。年寄りくさくなくなる。

私も,自分の気持ちに気づいていた。

骨張った肩。乾燥が目立つ膚。筋肉がすっかり落ちて細くなった脚。ゆっくりと壁づたいに歩く後ろ姿。

私の中での夫は,周囲の人からも慕われる頼りになる存在だった。

この1,2か月で10歳ほど老けて見える夫を,私も受け入れることができないでいたのだ。

結婚する前,私は平均余命(へいきんよめい)を調べたことがある。平均余命とは,ある年齢の人が平均であと何年生きる可能性があるかというデータである。

27歳の私はあと55年,夫は37年生きる計算だった。その差は18年,つまり私はおよそ18年間未亡人になる計算だった。

「じゃあ,あと20年長生きしないと」

そう言って,あのとき彼は笑ったのだ。

それなのに,まだ60を過ぎて少しなのに,この1年でもう何度,医師から「このままではあと…」という話を聞いただろう。「そんなことがあるわけない」という正常バイアスが働いていたのも最初のうちで,さすがに最近は現実味を帯びてきている。

大学に入ったばかりの娘と,中学生で海のものとも山のものともつかない息子と,認知症だが体だけは丈夫な義母と,連れ合いを亡くして夫と同じ病気で闘病中の義弟がいるのに,いったい私はどうしたらいいのだ。

今になって20数年前の友人たちの言葉を思い出す。

「年の差婚は犯罪」

犯罪ではないけれど,罪つくりなのは確かだ。





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冴子
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