私はビビンパを食べながら妻の話を聞いている間、全く別のことを考えていた。
BUMP OF CHICKENの藤原基央氏が結婚を発表したその翌日、妻が「天体観測」をBGMにして昼食の準備をしていた。
「ねえ、私はいつからこんなに臆病になったのかしら。」
と妻は言った。音楽に青春時代の記憶を呼び起こされて、時の流れの早さに物の哀れを感じているようだった。
昼食は生協のビビンパだった。妻はそれを食べながら私に青春時代の話をしていた。
私はビビンパを食べながら妻の話を聞いている間、全く別のことを考えていた。
ついさっきスマホで殆ど無意識的にインスタグラムを見ていた時に中古革靴店の広告で出てきたパラブーツのローファーことで頭がいっぱいだった。
革靴の中古品で状態が非常に良く、小柄な私の足のサイズにぴったりなものが出品されることは実に少ない。希有と言っても良い。それが今、ネットの海に放たれて幾億もの人々が閲覧できる状態にあるのだ。
私は焦る気持ちを抑えながらも妻の話を聞いていた。妻は話しながら勢いが付いてエモーショナルが押し寄せてきたのか涙目になるほどの盛り上がりであったが、私はパラブーツのローファーのことを考えていたためか適当な台詞が思い浮かばず、
「うん。そうだね。」
と話の邪魔にならない程度のリズムで相槌を打っていた。
人生にはリズムがある。それは家族や社会という共同体としてのリズムもあるし、あくまで個人的な意味合いにおいてのリズムもある。我々はそれ等とうまくテンポを合わせながらダンスする。
時にはタイミングが合わなくて足を踏んづけたりすることもあるだろう。それでも我々はダンスを続けなければならない。人生という音楽は誰にも止められないからだ。
そんなわけで私は最適なダンスをするために、次なる人生のワンステップを踏むために、パラブーツのローファーが必要と言うことなのだろう。
たまたま歩幅が合って、たまたまリズムが合って、我々は出会った。
そう言うことだ。
私の足元にパラブーツのローファーが届く時は、くれぐれも妻に足を踏ん付けられないようタイミングを合わせなければならない。