佐田宗義
ショートショートより短いショートです。
片頭痛のまとめ
育児(いくじ、英: Parenting)とは、乳幼児の世話、養育をすることである。乳幼児とは乳児と幼児を指し、小学校に入学する前の子供の総称である。
ずい‐ひつ【随筆】 自己の見聞・体験・感想などを、筆に任せて自由な形式で書いた文章。随想。エッセー。
憶測(おくそく)とは、根拠もなく、いい加減に推測することです。類義語には、当て推量、当てずっぽう、心当てなどがあります(Google 生成AIより)
私が初めてバレンタイン・チョコを貰ったのは中二の冬だった。 相手はチャットで知り合った他県の中二の女子だった。当時の日本はインターネットが家庭に流通し始めた頃で、遠くの地にいわゆる「メル友」が居るというのは僕の中では時代の最先端を行っているつもりだった。 彼女とは主に音楽や漫画の話で意気投合した。ハイ・スタンダードや寄生獣について語り合える異性を僕は彼女以外知らなかった。しばらくして手紙を送りプリクラを交換した。恋愛というのでもなく、サブカル仲間のような関係だった。 そ
「鬼は外、福は内」で外に追い出された鬼達はどこへいくのだろう。 この寒空の下、ぶるぶると震えているのだろうか。何せ虎の毛皮の腰巻き一丁で過ごさねばならないのだ。金棒も役に立たないどころか冷たくて握るのも嫌になるだろう。角も胸毛も役には立たない。 そもそも鬼は豆を投げつけられるほど悪いことをしたのだろうか。鬼からしたら「鬼は外ー!」などと言い放ち、豆を投げつけてくる人間こそ鬼なのではないか。 日本中の家々から追い出されて真夜中のセブンイレブンの駐車場あたりで凍えている鬼を
自宅のトイレットペーパーも尽きそうだったので最寄りのドラッグストアへ日用品を買いに行くと、入り口の外で鬼が一人で寒そうに立っていた。どこかで豆を投げられて逃げてきたのだろうか。 彼は赤鬼だった。しっかりと左右の牛の角が生えていて、毛並みの良い虎の腰巻きをしていた。彼は凍えていたが、節分の日ということもあって店内には沢山の豆が売られていたので入りづらそうだった。 私はトイレットペーパーと半額セールの恵方巻きと発泡酒を買って店を出た。まだ赤鬼は一人でそこに立っていた。なんだか
小さな庭にう○こをした犯人が現場に戻ってきた。 昨晩、私は子供達に本を読んで寝かしつけ、リビングにマットを敷き、照明を落として白檀の香を焚いた。そして軽くヨガのストレッチを行い、蓮華座で瞑想をしているとレースカーテンに巨大な猫のシルエットが「ぬっ」と映し出された。 庭には赤外線センサー付きの照明を設置しており、それが猫を照らしたのだ。しかし照明に照らされても猫は悠々と庭を歩いているようだった。まるで自分の庭の芝生の状態を確かめているみたいに。 私は蓮華座を解き、カーテン
私は電車の網籠にポール・スミスのレザーとウールのコンビネーションのバッグを置き忘れた。思い出したのは電車を降りて茗荷谷駅の改札を出る際にスマートフォンを手に取ろうとした時だ。 こう言う時ほど人はクールであらねばならない。 改札にいた駅員に置き忘れの連絡をした後、池袋から折り返してくる電車を確認する。その間10分ほど駅員と駅のホームで待機する。若い男の駅員だった。ある程度業務に慣れてはいるものの、まだ初々しい雰囲気を仄かに残していた。 見知らぬ男二人が隣り合って10分もの
目が覚めて、リビングのカーテンを開けると小さな庭にう◯こがあった。庭の真ん中に堂々と横たわっていた。形状から察するに猫のう◯こだろう。 私はひとまずう◯こは放置して、顔を洗い、コーヒーを淹れ、家族と食事し、子供を幼稚園バスに乗せて帰宅し、洗い物を終えたところで再びう◯こと向き合った。 やはりう◯こはそのままの姿でそこにあった。あたりまえのことだ。う◯こがひとりでに動き出すことは無い。う◯こはすっかり乾いていて、朝陽に照らされて黒く鈍く光っていた。生み落とされたのは昨晩に違
私の土曜日は朝陽を浴びることから始まる。 まだ家族も寝静まっている頃、もそもそと布団から這い出し、顔を洗って歯を磨く。そしてコートを羽織り、カメラを持って屋上に攀じ登る。 まだ朝陽は顔を出していない。風は昨晩風呂上がりに食べたジェラートのように冷たく、空はストロベリーとヴァニラを混ぜ込んだような淡い色調で満たされている。 私は「朝陽よ出でよ」と言わんばかりに太陽礼拝を行う。睡眠により硬直した筋肉と神経が解かれていくのを感じる。やがて東に見える街の隙間から朝陽が昇る。辺り
雨上がりの青々とした風が颯爽と吹き抜ける朝、私は決まって自宅のトイレを掃除する。トイレクイックルを使って上から下へ優しくトイレを拭いていく。 左官職人がコテを使って丁寧に漆喰を塗り込めるように。 タンク、フタ、便座と続き、便座を上げて裏を確認すると「はいー」と声が漏れるほどお◯っこで汚れていることがある。家には7歳と5歳の男児が住んでおり、急いでいたり集中を欠くことで「下ち△」を怠る場合がある。 ここで解説すると「下ち△」とは、男子が便座に座って放尿する際にち△ち△を上か
昨晩、私は学生時代にバイト先で一緒だった女の子と夢の中で再会した。小柄で長い黒髪が印象的だった。年齢もあの頃に戻っていて、彼女は座敷の居酒屋で私の左隣に座っていた。 彼女は私のシャンディー・ガフのグラスをそっと奪い取り、一口だけ飲むと不意に私の肩に頬を寄せて、やがて私が履いていたベージュのコーデュロイパンツの太腿に膝枕のようにして寝転がり、こちら側を向いて私を上目遣いで見つめた。しっとりとした黒髪の束が美しく波打っていた。その瞬間、私は夢の中で全てを悟った。これは完全に夢の
私の解釈においては現代のハロウィンというイヴェントは子供が近所の家へお菓子を貰いに行くのために用意されているものである。呪文はトリック・オア・トリートであり、トリック・アンド・ドランクでは無いということだ。 ところで鹿児島には薩摩藩の時代から「七草」という風習がある。 子供が数え歳で7歳(満6歳)になる1月7日に神社に参拝した後、お椀などを持って近所の家を七軒まわって「七草粥」を貰いに行くという行事だ。いたずらこそしないものの、子供が食べ物を貰うために他の家を訪ねるという共
今からかれこれ20年前、18歳だった私は鹿児島のレンタルビデオ店でアルバイトをしていた。 DTMやスタジオレコーディングを学ぶために専門学校に入り、まだ桜の香りが仄かに残る学校の帰り道をバイクで走っていた。家に近づくと辺りは真っ暗で田畑が広がっている県道があり、そんな中突如テカテカと輝くレンタルビデオ店があった。そのガラス張りの窓にはアルバイト募集の求人広告がデカデカと張り出されていた。 家から近く、専門学校の帰り道であり、何より私はとても映画が好きだった。当時はネットで
まだ夏の気配を残す強い光が窓から差し込んでいた朝、小さな蟻がキッチンに100匹ほど侵入した。その群れは床の隅に落ちていたお菓子の欠片を目指していた。この数だと追い払うのも難しいし、放っておくと他の食料に被害が及ぶし、子供達が噛まれてしまう可能性もある。 為すべきことを成せ。そしてそれを行う時、それについて考えてはならない。私はうろ覚えの般若心経を唱えながら殺虫スプレーを撒き、その場に倒れる蟻も逃げ惑う蟻もクイックルワイパーの取り替えシートで丁寧に拭き取ってゴミ箱に捨てた。
夏とも秋ともつかない昼下がりのことだった。私は自宅のキッチンでチキンカレーの下拵えをしていた。鶏肉を解凍し、じゃがいもの皮を剥いていると、窓の外から「パワーーー!」と子供の声が聞こえた。子供は何度も叫んでいた。窓から見てみると、ベースボールキャップをかぶってランドセルを背負った小学3年生くらいの、いかにもわんぱくそうな少年が歩いていた。 私も「パワーーーー!!」と叫んでみようと思ったが、じゃがいもの皮を剥いているうちに少年はもう行ってしまった。なぜ私は「パワーーーー!!」と
子の幼稚園のお迎えの間に少し時間ができたので、幼稚園の最寄りのマクドナルドに車で立ち寄ってモバイルオーダーでプレミアムローストアイスコーヒーと月見パイを注文した。 レジ前の椅子に座り、文庫本を見ながらディスプレイにオーダーナンバーが表示されるのを待っていたが、店内が空いている割には遅く感じた。私はマクドナルドのアプリを確認した。なるほど、注文した店舗を間違えてしまったようだ。 人はこう言う時ほどクールであらねばならない。 間違えた店舗は駅前の店舗だった。車を止めることも
私の家には電動アシスト自転車がある。 前方と後方にチャイルドシートを装着しており、前方は4歳まで、後方は6歳まで乗ることができる。子供たちが小さい頃は兄弟二人を前後に乗せて自転車で移動していた。 長男は既に7歳なので一緒に自転車に乗ることは無くなってしまった。今、次男が5歳なので来年には一緒に乗ることもなくなるのだが、いまだに前方のチャイルドシートすら外すことができないでいる。 子供達が小さかった頃にヘルメットをかぶって自転車に揺られる後ろ姿を今でもありありと思い浮かべ
私は低気圧の日に片頭痛を発症する傾向がある。 片頭痛と言っても症状は様々だろう。私の場合はこんなかんじだ。 よくある医学的な原因としては、気圧の変化により三半規管が刺激されることにより自律神経が乱れ、三叉神経付近の血管が縮小後に膨張し、三叉神経を刺激するという。 ではなぜ片頭痛を持つものと持たないものが存在するのか。 なぜ私に片頭痛が起こるのか。 私の父は沖縄本島のすぐ北に位置する与論島出身、母は種子島出身だ。遺伝子的血脈としては殆ど島人(しまんちゅ)と言える。