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【長編小説】走馬灯で会う日まで #24

 仮面の男は、仮面をつけるための手続き的な話をした後に、帰っていった。

 仮面をつけるには、その後暮らすことになる施設の見学が必要で、最低でも一週間は体験利用をする必要があるということ。仮面の数には限りがあるので、なくなってしまう恐れがあるということ。また、この話は、口外してはいけないということ――誰かに話したところで、その人が『死』に近い人でない限り、すぐに忘れてしまうという。

 僕は、仮面の男の話を、すっかり信じてしまっていた。

 確かに、仮面をつけることで、自分に関する情報がこの世から消えてしまうのだろう。そして、仮面をつけた人たちが、暮らす場所があり、そこに僕の兄がいる。

 こんな、絵本のような話を信じるのもどうかと思うが、あの写真を見て、記憶が蘇ってきたのは事実だった。それに合点がいくことも多くあった。

 まず、実家にあったゲームカセットに書かれていた名前。あれは、兄の名前だ。西田正平。家のルールとして、僕が買ってもらったゲームか、兄が買ってもらったゲームかをきちんと区別するために、カセットに名前を書いていたのだ。それに、あの定規で書いたようなカクカクした文字、あれは、兄の文字だ。

 仮面の男が帰った後、一人残された僕は、頭の中で状況を整理している時に、あることに気が付いた。

 手帳に書かれた文字は、兄の文字かもしれない。

 僕は、すぐに手帳を確認した。

 その文字は確かに、兄の書いた文字だった。

 もしも、これを兄が書いたのだとしたら、僕に何かを伝えようとしたのではないかと思った。

 どのタイミングでこれを書いたのかはわからないが、この手帳を買ったのは、今年の三月だ。それ以降のどこかで、書きに来たのだろう。

 

 

 ――仮面をつけたら外せない。朝日ビル地下二階で、

 

 

 よく見れば、言葉が中途半端に終わっているような気もした。

 もしかすると、言葉には続きがあったのかもしれない。

 兄が、何を伝えようとしているのか。それから、兄は、今どのような暮らしをしているか。そんなことを想像してみた。

 いつの間にか、兄に会ってみたいような気持ちになっていた。


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