出逢いあれば別れ来る
私は茶髪──元の黒から明るい色へ変わった茶髪なの。
理工学部の大学院生が、就職前の今だけ、ちょっと気分転換に染めた茶髪ってわけ。
家族や友人には好評だけど、バイト先の進学塾で馴染みの講師にからかわれたわ。
『あはは~おいおい、どうしちまった。イメチェンかよ。誰かと思ったぜ』
「笑わないで下さいよ」
『感動してるのさ。あはは~』
「今だけですからね」
『期間限定の冒険だな』
「虚しい抵抗です」
『これから地獄だもん』
「なんて不吉なことを!」
『スビバセン。根が正直で』
初老の塾講師は、わざとらしく私を眺め回したわ。右手で軽く敬礼すると、生徒が待つ個別ブースへと去っていく。
私の下で、大学院生は微笑みをゆっくりと無表情へ戻す。静かな溜息を吐いた──
☆☆☆
こんにちは!
フジミドリです♡
三カ月ぶりの更新となりました。予告通り本日、シーズン3スタート致します。
今日の私物語は茶髪が主人公……初めてお読みの方は、驚かれてしまいますね。
シーズン2を引き継いで無生物視点。一風変わった小説というか随筆というか。
何気ない日常に、奥深い真理の光を見出す……な~んてことを夢想しております。
では早速──
☆☆☆
寒さ極まる二月も終わり、もう間もなく訪れる春の兆し、そこかしこに潜んでいるわ。
進学塾の新学期は三月から。学校より一足先に始まるの。だから、六年勤めたアルバイトの学生講師も、今日までなのよ。
あら……
視線を感じて意識が向くわ。初老の塾講師、帰り支度のため、控え室へ向かいつつ、こちらを見ていた。
髪の毛って受信機なのよ。
神の気ってわけ。
うふふ。
言葉になる前の波動、意識の流れが響いて来るわ。そうねえ。あえて言語化するなら──
☆☆☆
『そういやもうすぐ就職か。この三年、マスクするようになって話す機会も減ったけど、楽しく語り合ったもんだ。
懐かしいなぁ。
オレからすれば、孫と言ってもいい世代さ。でも、不思議と気が合ったぜ。
うん。楽しかった。
出逢いがあれば別れは来る。変えられない。別れるために出逢うのか。やれやれ』
☆☆☆
茶髪は大学院生へ声を掛けた。
(ほらほら、急がないと帰っちゃうわ)
自分の茶髪が意識を持つなんて、彼は知らないけれど、何かしら感じて顔を上げる。
☆☆☆
「フジ先生!」
ホールでエレベーターを待つ初老の塾講師は振り返る。マスクの上で目が笑う。
『おお。誰かと思えば』
「僕、今日で最後なんです」
初老の塾講師は目を見開く。
「ホントお世話になりました」
『いやいやこちらこそ……そっかぁ』
「社会人です、4月から、いよいよ」
『建築士だよな。総合建設だっけ』
「就活の時もアドバイスいただいて」
『あはは~凹んでいたもんな』
私が覆う頭の中で、数年に渡る二人のやりとりがスルスルと流れていったわ。
☆☆☆
『君がいてくれて、楽しかったよ』
「ホントですか。教わるばっかりで」
『君は先頭切って走るタイプじゃない』
「はい。おっしゃる通りです」
『後からゆっくり行ったらいいのさ』
「ああそうですね。忘れてたかも」
『大丈夫。環境変わって色々あるけど』
「そうなんですよ~会社の寮で一人暮らしが始まるし……まだ学生でいたいです」
『わかる。たーしかに確かに。でも、誰だって最後は死んじまう。笑って逝けばいいさ。そいつを忘れなきゃ乗り切れるよ』
「はい。そうでした。頑張ります!」
『だから頑張っちゃダメだって』
「このままでいいんですね」
『坦々と心地よくさ』
二人は笑い合う。
エレベーターが来た。
「ありがとうございました」
『こちらこそ、ありがとう』
扉の閉まる一瞬だったわ。細やかな波動、意識の流れが静かに響いて来る──
☆☆☆
『ああそうだ。思い出す』
(ずっとずっと昔のことよ)
『こんな別れがあった』
(いつかどこかで、会いましょう)
『そんな約束、したっけな』
(不思議な巡り合わせね)
『出逢いあれば別れ来たる、か』
(あら。茶髪の声が聞こえるの?)
『どうやらそうらしい』
(うふふ。またいつかどこかで)
『ああ。またいつかどこかで』
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お読み頂き、ありがとうございます!
実話を元に空想が膨らみました。書いている間は、とても心地よく過ごせたのです。
別アカウント西遊記で、イラストを描いて下さった朔川揺さんと創作談話です。
是非、いらして下さい!