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今ここで──わたしと
一体、何を書けばいいかな。書き尽くした気がする。まだ何か、残っているだろうか──
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こんにちは。フジミドリです。今日から毎週日曜日、6月19日父の日まで、全14回の連載を始めます。(今回は五千字ほどです)
昨年末、人生の拠り所とする在り方革命を、完結させられました。お読み下さった皆さまには、改めて心より感謝致します。
さて今回からは、在り方革命の具現化です。半生の出来事を元に理解が深まる物語。新時代の試みとして、私物語と名づけました。
創作過程は、別アカウント西遊記に、朔川揺さんとのお喋りでお伝え致します。こちらも合わせてお読み頂ければ、嬉しくなります。では早速──
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書く日常から離れると、意欲は段々と失せてくる。このまま、フェイドアウトしようか。そんな風に思ったりもした。
春に復帰するから。最後の記事で仄めかす。なんでだろう。今になって振り返れば、不思議な気がしてくる。
あの時は、書かなきゃいけない、続けるんだという義務感があったように思う。
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義務感──
有料マガジンだから、お金を出して読んで下さる方があり、書き続けなければいけない。責任感、あるいは使命感とでもいうか。
マガジンねぇ・・
有料にしたらいいわ。声が聞こえた。オレは訝しむ。例え百円でも、お金を出して読んでくれる人なんているかなぁ。大丈夫よ。
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ありがたいことだ。結構な数の方が読んで下さった。でも、有料に抵抗ある方だっていらっしゃる。抑々、オレがそうだった。
それで、無料部分だけでも、読んで収まりのつくような構成を考える。すると、有料でなければ書けない内容が閃いたりする。
あれでよかったかな。そう思える。だから~言ったでしょ。得意そうな顔が浮かぶ。
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書かないと忘れ去られてしまう。そんな不安もあった。そう。不安だよ。あの不安って、何だったんだろう。どこから来るのか。
書く日常から離れてみると、別に忘れられたっていいじゃん、どうってことないだろう、そう思えてきたりもする。
オレの書く文に、どれほど価値があるのか。いやまぁ、価値って読む人が決めるものだからね。オレにはよくわからない。
取り敢えず書き上げた。あそこで終わって何の問題もない。それなのに、どうしてまた、書こうとするのだろうか──
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所謂、承認欲求はあるのだろうね。自分の存在を認めてほしい。認められることで、生きた証となる。そんな心理作用だ。
え。ホントか。認めてほしいなんて、オレ、思ってるの。なんか恥ずかしいよ。
でも──
たーしかに確かに。自分のためだけならば、わざわざ公開する必要はないかな。誰かに読んでほしい。読んで認めてもらいたい?
春に戻ると書けば、幾人か覚えていてくれるのではないか。そう思った。うん。思った。戻っても、読者ゼロでは寂しいものね。
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うーん。なるほど。そんな思いがあった。今となっては薄らいでいるけど。本当にそんなこと考えていたのか。わからなくなる。
まぁ、人の思いはそのようなものだ。 次々と浮かんでは消え、消えては浮かび、喉元過ぎて熱さ忘れる。その最中、深刻な悩みでも、時が経てば霞のように消えていく。
天気と同じ。意志や努力で、思いはどうにもならない。色々と、思いをどうにかする方法があるけれど、天気と闘うようなもの──
☆☆☆
ふと想い出す。
夏の日。大学生1年。
40年以上も前だ。
☆☆☆
仲間三人で、作家を訪ねる話になった。作家が住む吉祥寺の駅で待ち合わせる。
パーマ頭と色付き眼鏡の松崎は、インタビュー用にカセットデッキを持ってきたものの、電池が切れて動かない。
待ち合わせてすぐ、駅前のスーパーへ寄る。目当ての単1電池はなかった──電池が売ってない。あるのかね、こんなことって。
でもオレは、やつを慰めるつもりで、どうせ会って貰えないから大丈夫さと言った。言いながらふと、こういう時に限って会ってくれたりするんだよなと浮かぶ。
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オレは、作家を訪ねる経験なんてなかった。会いに行こうと考えたことすらない。
高校時代は水泳部。浪人後だって、小説に限らず、沢山の本を読んだわけでもない。
なんか二人して盛り上がってるから、軽い気持ちでお供しようと思った。どんな作家なのかも知らない。いい加減なものだ。
☆☆☆
炎天下を三人で歩く。辺りが閑静な住宅街になった。熱烈ファンの小森は、どうやら地図で調べたらしく、電柱で番地を確認しながらずんずん進む。役に立たないカセットデッキを持った松崎とオレが後に続いた。
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目当ての家に着く。さぁどうする。当たって砕けろ。オレと松崎は、玄関脇の生垣に隠れて様子を伺った。いきなり三人が並んだら、相手も警戒するだろうという配慮。
ガラガラと格子戸は横に開く。作家が出てきたのか。背の高い小森ときたら、棒立ちのままで語り出す。普通の挨拶ではなかった。
もしかして、小説の一節でも諳んじているのだろうか。意味不明な言葉を呟きながら、明らかに緊張している。不遜とも言える普段の冷静さは、どこかへ消し飛んでいた。
☆☆☆
オレは松崎と頷き合って飛び出す。小森の両隣に立つ。勢い込んで熱弁。口から出任せ。すらすらと言葉が流れていく。
嘘をつく意識はない。オレは、熱烈ファンに成り切っていた。そのような在り方なのだ。
驚いた顔の作家は長身痩躯。着流しの浴衣。白髪混じり。眼差しが静かである。
熱烈なファンらしき、怪しげなチンピラ学生の懇願に、彼は一瞬の間を置く。それから、歯切れの良い早口で答えた。
「まぁ、こういう仕事しているとね。じゃあ5分だけなら、いいですよ」
☆☆☆
作家が、チンピラを玄関横の応接間へ通す。オレたちは、テーブルの周りに並べたソファへ座る。その後、小1時間も話が弾んだ。
後で調べた。文学の世界で稀有な人らしい。60年代の安保闘争を知る学生にとって、思想的な支柱、神のような存在だとか。
そんな背景など知らないオレは蛮勇だった。幼稚で不遜な問いを重ねていく。しかし、彼は一つひとつ丁寧に答えてくれた。
☆☆☆
パーマ頭の松崎がすっかり臆している。普段の軽薄な雰囲気は影を潜め、オレの横で、質問を考えて躊躇う。顔つきが硬い。ようやく絞り出す声は、掠れて上擦っていた。
さらに、熱烈ファンの小森ときたら、たった一度、本の題名を確認して、自同律の不快について質問しただけだ。作家を先生と呼ぶ。
(ジドウリツノフカイ?)
(こいつ、舞い上がっていやがる)
「ボクは学校の教師じゃないから、先生と呼ばなくて結構ですよ。それとね、題名だけどシレイと読みます。シリョウでは、なんだかおどろおどろしい感じでしょ」
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変わった人だと思う。誰だって先生と呼ばれたら、その気になりそうだが。声の響きには決然とした強さを感じた。
結局、ほとんど作家とオレの対話になった。もちろん議論にはならないが、話をうまく引き出せたと思う。どうしてなのか、オレは寛いでいた。初めて会う気がしないのだ。
年齢や経歴、資質と教養、そういった全てを飛び越え、対等に向き合う気安さがあった。まるで旧知の間柄という感じだ。
☆☆☆
帰る時、小森と松崎は三和土で靴を履く。作家が声を掛ける。オレは振り返り、作家と向かい合う。目の奥が静かに光る。
その言葉は、玄関の仄暗い空間へスッと広がっていく。それから、ずんと奥深く、オレの胸に沁み込んできた。
「七十になる爺さんがねぇ、毎日、真っ白な原稿用紙に向かって、新しい宇宙を創り出しているんだよ。だから、あんた達若い者も、せいぜい頑張んなさいね」
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それから三人は、吉祥寺の駅前で喫茶店を探し歩いた。話してもらったばかりの内容を、思い出しながらノートに書き出すため。
頼んだコーヒーは、テーブルに置いたカップで冷めていく。しかし、チンピラ学生どもの語り口調は熱いままだった。オレの頭で、帰りがけに聞いた言葉が木霊する。
浮かぶ映像。机に広げた白い原稿用紙。万年筆が置いてある。腕組みした和服姿──
☆☆☆
「あの人な、先生って呼ばれるの嫌うんや。知っとったけど、わざと言うたんや」
小森が、細長い中指で眼鏡を押し上げ、満足そうに頷く。オレは唖然とする。こいつは、あれだけで納得なのか。
「特高警察に逮捕られて、刑務所でカントの純粋理性批判を原書で読んで感動するって、やっぱスゲぇ人だよな」
松崎にとって、作家が影響を与えた人たちや文学界での評価、そういった世間的な名声だけが関心の対象であるようだった。
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翌日、小森が貸してくれた分厚い単行本の題名は【死霊】である。ははぁ、これか。
とにかく端的に言えば難解な本だった。学生運動に身を投じた若者たちの、奇怪な人間関係。そして、存在を探究する哲学やら深遠な思想に関する白熱した議論が延々と続く。
普段のオレだったら、1ページと読まずに、ブン投げたんじゃないか。それくらい難しかった。けれど、まるで取り憑かれたように、ずんずん読み進めてしまった。
びっしり埋まる活字の奥に、あの静かな眼差しを感じていた。茫漠と広がる果てのない空間。そこには全てある。プラスとマイナスが闘争し切った末の虚無だった。
何もなく見えるけれど、無限大の空間には、人の営み全てが詰まっている。思惟と議論の大宇宙だろうか。気づくと徹夜していた。
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次の日、小森に本を返すと苦笑された。松崎が、自分は3ページで挫折だぜと叫びながら肩を組んでくる。一気に読んで面白かったとオレが言えば、途端に二人して身を引いた。
それから段々と、オレたちは疎遠になっていった。いつの間にか二人して、学生運動へ身を投じ、一方のオレは、割とお気楽な連中と付き合う時間が長くなった。
かといって、奥深い真理の探究や人間関係の背後に満ちるエネルギー、蠢く意識の流れといったものに憧れ、惹かれる自分もいた。
世俗的な成功だとか、世間を上手く渡り歩くことに関心が薄れていく。世界を良くしようなんて殊勝な考えは、何処かへ消えた。
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熱烈ファンの小森が、真っ白なTシャツと擦り切れたブルーのジーンズ。そして、素足にビーチサンダルを履く。
パーマ頭の松崎は、チェック柄の小洒落たシャツを羽織り、ふんわりした麻のスラックスに固めのシューズが揃っている。
懐かしい。服装だけ、あの夏に固定されたかのようだ──ところで、オレは何を着ていたっけ。どうしても思い出せない。
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時は流れ、数多くの出来事が過ぎていったけれど、あの夏を思い出した途端、オレは作家の応接間で、ソファに座っている。
未だ、チンピラ学生の心持ち。作家の言葉に憧れを抱く自分がいる。ずっとその姿を追い掛けてきたのかもしれない。
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「七十になる爺さんがねぇ、毎日、真っ白な原稿用紙に向かって、新しい宇宙を創っているんだよ。だから──」
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オレは今63歳だ。あの時は、七十の爺さんなんて、随分と先の話に聞こえたけれど、間もなく手が届く。そうか──
なぜ書くのかを考えていたら、ふと思い出すあの夏の昼下がり。これは偶然だろうか。
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不意に思い至る。オレは、ずっと書こうと秘めていたのかもしれない。新しい宇宙を。
長い間、書こうと思い、何も書けず、時だけが過ぎていった。書けないオレを、ミドリは大作家と呼んで支えてくれた。
ミドリを看取ってから三年。懺悔のつもりでノートに思い出を綴る。仕事以外は誰とも会わない。ある日、書けるようになった。
懐かしい声が聞こえてから──
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オレの宇宙は、まだ目覚めていない。
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さて如何でしたか。お読み頂き、ありがとうございます。ご縁に感謝です。
あなたが読んで下さる。その思いに支えられて、若き日の自分に戻れました。
人生を題材に、一味添えた私物語。お相手の作家さんは何方か。別アカウント西遊記で、明日の午後6時公開です。
次回、3月27日の午後3時。
是非また、お逢い致しましょう。
ではまた💚
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