裏庭には井戸があって【掌編小説】
私の住んでいる家の裏庭には不思議な井戸があって、私はいろいろな要らないものをそこに放り込んできた。水垢のとれなくなったグラス、流行遅れのださいスカート、鬱屈したコンプレックスばかりを書き綴った日記。
数日経つと、放り込んだ要らないものは私の気に入るものになって帰ってきた。一点の曇りもない美しいグラス、雑誌に紹介されているようなスカート、翌月から始まる新品の日記。いつだったか、姉の大切にしていた手鏡を誤って割ってしまったときも、この井戸に助けられた。
井戸はいつもごぼりごぼりと大きな音をたてて、私の投げ込むすべてのものを飲み込んでくれた。
姉が私の日記を黙って読み、私をあざ笑っていたことを知った日、頭に血が上った私は姉をあらん限りの言葉で罵倒しながら井戸に突き落とした。井戸の底から恐怖に引き裂かれた叫び声が聞こえてきたが、私は眉ひとつ動かさず井戸が彼女を飲み込んでいくのを待った。姉は数日のあいだ行方不明になり、日曜日に穏やかな笑顔とともに帰ってきた。まるで旅行を楽しんできた婦人のように。
私は私の望む、私の理想の姉と一緒に暮らしているうちに、何故だかひどく不安で惨めな気持ちになってきた。私は日記のことで姉を何度もしつこく罵倒し、ねちねちとした嫌味を言い続けたが、その度に姉は申し訳なさそうに謝り、上品な微笑みを私に返してきた。もう以前のような姉はいないのだ。
私は自分がひどく醜い人間だと感じるようになった。しかし、ねじ曲がった私の心はそれを認められず、姉への虐待は精神的なものから肉体的なものまでエスカレートしていった。姉の体に消えない痣が増える度に、私は姉を井戸に突き落とした。
何度それが繰り返されたのだろう。姉はいつでも笑顔で私の前に戻ってくる。私は彼女を口汚く罵ることしかできない無様な人間のままだ。再び姉が玄関のドアを叩く音が聞こえた時、たまらなくなった私はヒステリーを起こして家の中を喚き散らしながら走り回ったあと、井戸に身を投げた。
井戸はごぼりごぼりと私を飲み込んでいった。
そして数日ぶりに姉の顔を見た私は、穏やかな気持ちで今、この日記を書いている。