パラレル・シスターズ 秋桜編【掌編小説】
ある朝ベッドから起き上がると、私の部屋には三人の女の子がいた。彼女達はまったく同じ顔、まったく同じ体、まったく同じ声。彼女達はそれぞれ違う女の子でありながら、同時に同じ女の子。彼女達は平行世界からやってきた、平行な三姉妹、〈パラレル・シスターズ〉だったのだ。
どうしてパラレル・シスターズが私の部屋へやってきたのか。それは誰にも(シスターズ本人たちにすら)分からない。平行世界を行き来するあらゆる可能性の中で、この時間、この場所に、神様のダーツが飛んできた。そうとしか言いようがない。
シスターズ達は無邪気に笑いながら、私のベッドをトランポリン代わりにして飛び跳ねる。三つの頭と、六本の脚、三十本の手の指と、六つの瞳が入れ替わり立ち替わりに飛び跳ねる。それを追いかける私のほうの目が回る。
ちょっとまて! とりあえず適当なパーカとジーンズを身につけて、私はシスターズ達を表に連れ出した。ワンルームの部屋にはこれ以上のカオスは入りきらないからだ。
オフホワイトのワンピースの裾をはためかせながら、三人であり、たった一人の少女は田舎道を走り続ける。私は途中で息が切れてしまい、ふらふらになって追いすがる。シスターズはあちこち道草をしながら、やがて大きな秋桜畑へと迷い込んでいく。秋の日に色とりどりの秋桜が咲いている。
気がつくとシスターズA(便宜上こう呼ぶことにする)の手には一匹の黒い子猫が抱かれている。ぐったりとした生気のない子猫。体中に血がべっとりとついていて、どうやら車に轢かれたらしい。シスターズ達はひそひそと何かを話し合っている。おもむろにシスターズBが子猫の首を摘まんで引き上げる。すると、子猫は手品のように二匹に分裂した。シスターズCがそれを見て笑う。子猫A(やはり便宜上こう呼ぶ)から別れた子猫Bは平行世界の同一猫だ。子猫Bは子猫Aの別の可能性の同じ個体で、子猫Bは子猫Aと違ってぴんぴんしている。私はその愛らしい姿を見て思わず微笑むが、子猫Aは未だ苦しんだままだ。元気な子猫Bの存在は、瀕死の子猫Aの苦しみを救いはしない。
シスターズは二匹の子猫を交互に見やりながら、どうしたらいいのか分からないといった顔をしている。そうこうしているうちに、子猫は息を引き取った。
都合良く落ちていた木片を使って、私は秋桜畑の真ん中に穴を掘った。シスターズAとCがその中に子猫Aの体を横たえた。シスターズBは子猫Bを胸に抱いたままじっとそれを見ていた。土をかけ終わると、私たちは子猫Aの冥福を祈った。その隙に子猫Bは私たちから逃げ出して、どこかへ言ってしまった。死んでしまった子猫Aのもう一つの可能性、子猫B。できることなら、うんと長生きしてほしいと思う。シスターズ達もそう思っているはずだ。
夕暮れが秋桜畑を照らす頃、平行世界からやってきた平行な三姉妹、パラレル・シスターズは平行世界へと返っていった。私は騒々しい一日の終わりが訪れてほっとしたのと同時に、なぜかしら寂しい気持ちになって、伸びていく影達を目で追った。影が世界の端まで到達するくらい長くなると、それが夜だった。アパートへの帰り道を一人で歩き、部屋のドアに手をかけたその時、ベッドの上には、シスターズに出会わなかったほうの私がいるのかもしれないと想像してなんだかおかしくなった。