スイート・リフリジエイター【掌編小説】
あたしが眠ろうと思って目を閉じると、あいつが低いうなり声をあげているのがわかる。
ベッドの中で頭からシーツをかぶって、ぎゅっと目をつぶって耳をふさいでいても、わかってしまう。
キッチンの隅にたたずむそいつは、お日様の出てる間はおとなしくしているのに、あたしの家族がぐっすり眠ったあとで、ゆっくりと動き出す。
ネズミよりも狡猾に。泥棒よりも用心深く。
何も考えていないふりして、実はアタマの回るやつなんだ。
あたしたち家族を丸のみにしたくてたまらない。野菜やジュースなんかじゃ全然満足してないんだよ。
パパもママもオトウトもそれに気がついていない。
あたしだけ。
あたしだけが、あいつの正体を知っているんだ。
いまカチッっていう音がした! ほらね! それはあいつのにやりと笑う音。そろそろあいつが動き出す。
プラスチックのよつ脚で床をこすりながら、まっすぐにパパとママの部屋へ向かっていく。コンセントがだらしなく引きずられて、まるで悪魔の尻尾みたい。
あいつの重たい図体のせいで、フローリングに長い長いキズができる。
パパもママも優しい眠りの中にいて、あいつが忍び寄っていることなんて夢にも思っていない。ベッドの脇に立ったあいつは、大きな口を開けて二人をいっぺんに飲み込んでしまう!
飲み込まれたら、もうおしまい。
あとは窮屈な扉の向こうで、体のあちこちを折り曲げられて、心臓が止まるまで冷やされてしまう。
睫毛にまで霜がおりて、もう二度と目を開けることはできない——可哀相なパパとママ。
あいつの低いうなり声が少しだけ大きくなる。きっと喜んでいるんだ。これで満足したの? いえ、そんなはずはない。ゴキブリみたいに底意地の悪いやつだもの。
カチャリ。隣の部屋のドアが開く音がして、ちいさな足音が階段を降りていく。
オトウトがトイレに行こうとしている。いけない!いまそっちへいっては!
あいつは耳ざとくオトウトの足音を聞きつけ、暗闇の中で背伸びして電気のスイッチを探しているオトウトの背後に立つ。
大きな扉が再びゆっくりと開いて…閉じられる。
あたしは心の中でオトウトに謝り、神様にお祈りを捧げる。
家の中はしんと静まりかえっている。まるで、ここだけ冬が来たみたいに。
あたしはもう逃げられないことがわかっている。
ベッドの上で震えながらその時を待つ。
ゴツンゴツンと四角い図体を階段にぶつけながら、そいつは近づいてきている。
あたしの部屋のドアを無遠慮に開けて、あたしのベッドの脇に立つ。
低いモーターのうなり声、サーモスタットをカチリとたてる笑い声。
シーツの中にまで冷気が入り込んできた。あいつが扉をあけたんだ!
もうすぐあたしもパパやママやオトウトと同じ、冷たい体になってしまう。
折り曲げられるときに痛くはないかしら?
あたしの体はいつまでも腐らないでいられるかしら?
そんなことを考えてながら、ぎゅっと目を閉じて待っていた。
けど、何も起こらない。
どうせならひと思いにやっちゃってよ!さあ、早く!
でも、何も起こらない
たまらなくなって、少しだけシーツを開けて覗いてみると、そこには暗闇が広がっているだけ。
あいつの姿はどこにもない。
ちいさな足音が階段を上ってくる音がして、隣の部屋へ消えていった。
オトウトがトイレを済ませて帰ってきたんだ。
パパとママはちゃんと仲良く一緒に眠っているかしら?
——今夜の冒険はこれでおしまい。
あたしはもう一度シーツを頭から被って、そっと目を閉じる。
キッチンのあいつが、もう一度カチリと音をたてるのが聞こえた。