お母さんはある日突然、郵便局になった【掌編小説】
お母さんはある日突然、郵便局になった。
何を話しかけても「ここは郵便局です」しか言わないし、時々ポストのマネをして手紙をバクバク食べる。
お母さんに食べられた手紙はどこにいったのか、まったく分からない。
噂を聞きつけた近所の人達が、沢山の小包をもって私の家の前に並んでいる。お母さんは慣れた態度で小包を受け取り、それをどこかに放ってしまう。もちろん小包がどこに行ったのか、誰もしらない。
「ねぇお母さん、郵便局なんてやめたら? 今はネットとアマゾンの時代だよ?」
私は説得を試みるが、お母さんは、私はスティーブ・ジョブズは嫌いと言って切手をぺろぺろ舐めだした。
お母さんが郵便局になってから、私の生活は右肩下がりでいま現在も下降中だ。もともと母子家庭だった上に、家事の負担がぜんぶ私に回ってきた(お母さん郵便局は家事をしない)、さらに経済状況も悪化の一途を辿り(お母さん郵便局はお金を稼がない)、私が泣きながら訴えても都合の悪いことは切手をぺろぺろ舐めてやり過ごす(お母さん郵便局はいいご身分だ)。
あの優しかったお母さんはどこにいってしまったのだろう? お母さん郵便局! 私のお母さんを返して!
家事とバイトと学校(中学校)でぼろぼろになった私は、長い長い手紙を書くと、お母さん郵便局につきつけた。
「これ、私のお母さんに届けてください! いますぐ、届けてください!」
私はすごい剣幕で怒鳴ったつもりだったけど、お母さん郵便局は何も動じたようすがない。
「私はお母さんに戻ってきてほしい。お母さん郵便局なんかイラナイ!」
お母さん郵便局は少し困った表情をして、私から手紙を受け取り四つに折ると、童謡に出てくるヤギのように読まずに食べ始めた。
これってお母さんに届いているの? それともただ食べているだけ?
不安の拭えなかった私は、同じ手紙を何通も何通も書いて、お母さん郵便局に出し続けた。
お母さん郵便局はすべての手紙を食べ終わると、満足そうにベッドに横になってすやすやと眠り始めた。
私も疲れてしまい、その隣に潜り込むとすぐに寝息を立ててしまった。
翌朝、私が目を覚ますとお母さんが台所に立っていた。
何食わぬ顔で目玉焼きを焼いている。その手つきは私の知っているお母さんのものだった。
「お母さん、郵便局はもうやめたんだね!」
私が満面の笑顔をつくると、お母さんはキョトンとして、
「なに馬鹿なこといっているの、早くご飯を食べなさい!」と怒鳴った。
うん、これは間違いなくお母さんだ。お母さんはお母さん郵便局をやめたんだ! 私は嬉しくなって、お母さんに抱きついた。それとも、あれは私の夢だった?
お母さんはもう郵便局になることはなかった。
でも、私はお母さんが何かの用事で切手をぺろぺろ舐めるのを見る度にドキリとして、彼女をじっと注意深く見つめてしまうのだ。