【小説】SNSの悪夢
ドアを開けると誰かが待っているのが当たり前だと思っていた、『おかえりー』その声がどんなに大事なものだったかは、失ってみなければわからないのだから、人は愚かだ。
立花は自嘲気味に心で呟いた、今この家には自分しか居ない。
彼女と暮らすために大きめの家を借りたのに、ぽっかりとしたがらんどうの空間があるだけだ。
一人ならこんな家はいらなかったんだがな、彼女と交わした最後の言葉を思い出す。
「SNSでひどいこと言われてるよ、記者会見しちゃダメなの?」と彼女。
「今は時期じゃないから、もうちょっとしたらね。」優しく彼女に行ってみる。
「私のことまでいろいろ書いてくるのよ、耐えられない。」あれほど穏やかだった彼女の顔が、ここんとこ険しくなっている。
「社長がもうちょっとしたら事務所としての見解を言ってくれるから。」なだめるしか手がない。
「だって耐えられないのよ。」声の悲壮感が毎日大きくなっている。
「SNSなんて見なけりゃいいんだ、そんなもん見てるから嫌になるんだよ。」どうにもならないから、吐き捨てる言葉が酷い。
そこで彼女が黙った、黙ったのは納得してくれたのだと思っていたら、どうもそうでは無かったらしい。
広い部屋に1人でいると、何故自分がこんな目に合うのだと考える、悪いことなど何もしていないのだから。
実際自分が家に一日中いる事になるまでは、家の状態が分からなかった、いたずらや嫌がらせ電話もあり、ポストには嫌がらせの手紙だ。
彼女が何とかしてほしいと言ったのを軽く見ていた。
なるべく見ないでいたSNSを見てみる、やはり罵倒の波が来ている、別に迷惑を掛けた訳でも無く、生活には関係ないだろう人間たちが波の大部分だ。
「奥さんもどうして離婚しないのかなー、お金持ってたらそれでいいの?普通だったら直ぐに離婚するよね、考えてないのかな。」
そういって書いている人間もいれば、違う書き方の人間もいる。
「不倫する人間なんて見たくないんだよね、テレビでも映画でも出さないように圧力を掛けよう。」
このためなのか、仕事が減ってきている、社長は一時的なものだと言っているが、このままではこの広い家で住むのは無理だ。
この家から引っ越しをするのも手だが、彼女が帰ってきたらと思うと踏み切れない。
何とかしなければ、仕事も住む所も家族も無くしてしまう、社長は俺の仕事が無くなっても困らないらしい。
これがどん底って奴なのかもしれない、自嘲気味にあとは浮かび上がるだけと言ってみる。