【小説】恋の幻想
「着る服置いとくね。」奥様と思っていた女性が声を掛けてくれる、若しかしたら体を見られたかもしれない。
身体を見られると、家で何があったか解ってしまう、それが怖かった、家を出た今となってはどうでも良いが。
「ご迷惑をお掛けしてます。」本当に迷惑だろうな私、だって知らないんだもん。
「別にいいけど、親が心配してるんじゃないの、もう遅いし送って行こうか?」ヤッパリ泊る所を探した方が良いよね、元々そのつもりだったし。
今時期はネットカフェもあるし、何処か泊る所は有るだろう、あーあホームレスだな。
ホームレスだと仕事見つからないかも知れない、でもあそこに居るよりはましだと自分に言い聞かせる。
やっと踏み出した一歩をここで止めたりはしない、もう直ぐ18歳で成人なんだから。
「それより、話を聞きましょうよ、だって何も解らないのに返すのもね。」話を聞いてくれる人の存在が安心するものだって、今日ほど感じた事はない。
誰も聞いてくれなかった、そんな絶望感を貼り付けて過ごしていて、それは剥がしにくいシールみたいに心からは剥がれなかった。
「でも、親に言って於いた方が良いんじゃないの?」いい家庭で育ったいい人なんだなー、それは罪でも問題でもない。
だけど、私とは違う環境の生物なのだという気持ちは抜けやしない、想像力で考える範囲を超えられないのだ。
どうあっても行きつくのは敵わない壁が有って、このいい人にはその壁を超えるのは不可能だろう。
どう言おう、考え込んでしまう、如何言っても解っては貰えないかも知れない、気持ち奥底の泥水に積もっている絶望が、水の中で浮かび上がってくる。
「家を出てきたんです。」それだけだ、それ以上は言っても解らない、解っても如何にも為らない。
「なんでか教えてくれる?」理由は有りすぎて、言い尽くせやしない、1人で出る筈じゃなかったと云おう。
「彼と町を出てゆく筈だったんです、来なかったけど。」裏切りには慣れている、親も友達も。
「親は心配してるんじゃないの?」それなら家に帰ってるよね、心で叫ぶ、この人の理解の壁は越えられないんだ。
「親に殴られたりしてたの?」違うそうじゃない。
「ううん、親は殴るだけの関心も無いんじゃないかな。」そう、こう振り絞って答えるのが精いっぱいなのだ。
「裕子さー、今日は泊ってくれる、俺は外で止まるところ探すから、彼女を止めるにしても、ここに2人はマズイ。」人が良過ぎるよおじさん、声に出したくなった。