【小説】恋の幻想
裕子が仕事を紹介するって言い出したので、忍はその気になっている様だ、俺としてはそこで嫌な思いをしなければと考えた。
「人が足りない仕事って嫌な事が多いんじゃないのか。」嫌な思いをしたから家を出たのに、出た先も嫌な場所だったら、目も当てられない。
家を提供しても良いから、ゆっくり考えた方が良いと思っていた、裕子に行ったら人が良過ぎと言われるのだろう。
「そこんところは難しいよね、同じ仕事でも嫌だと思う人とそうじゃない人がいるから。」裕子が言いにくそうに言う。
今時の若者がしたがらない仕事だから、人が集まらないのをよく知っているのだ。
「私、住む場所と給与が有れば何でもします、仕事は有れば何でもいいので。」忍が言い出す。
「駄目だよ、自分の事をないがしろにしすぎ、折角家を出たんなら、自分を大切にするのから始めないと。」と言ってみる。
「自分を大事にしてますよ、そうじゃ無きゃここに来て居ないじゃないですか。」不服そうに忍が答えている。
一寸ふくれっ面が今の子だと感じる、昨日はそれが無かった、変に老成した感じがしていた。
「ここに来たから自分を大事にしているとは限らないんだけどね。」と裕子が茶化す。
駅に居た時の無表情から、苛ついたり自分の主張をしたりする人間が顔を出してきて、ホッとして見ている。
「仕事の話は仕事と住む所が必要だと思ったから云っただけ、嫌だったら断ったら良いよ、そこいつも人不足でね、昔は住み込みで働くって人が沢山いたんだけど今は少ないし、大事にして貰えると思うんだけどな。」と裕子。
「住み込みって自分の時間が無くなる恐れないのか?。」と聞いてみる。
「良いんです、住むことと稼ぐことが両立できれば、自立できますから、何せ自立したいんですから。」そうだろうな、先ずは其処だよな。
「私連絡してみるね、この前会った時に知り合いで仕事探している人間居ないかって言われたから、まだ探している筈だし。」と話を進める。
「それで良いの?学校とか行けなくて、その仕事しか出来なくなるかも知れないよ。」と声を掛ける。
「今はそんなこと言ってられないんですから、大丈夫家に居るよりは一歩動いてると思ってます。」忍が答える。
無表情で自分を捨ててしまいそうな人間の顔は無かった、一晩でこうなるなんて、裕子はどんな魔法を使ったんだろう。
後で聞いておかなければと考えて忍を見る、忍は俺が見ているのに気が付いたのか、こっちをそっと見てから裕子の方を見た。