【小説】夢叶えます
自分は副社長では無くなった、実際には地位なんてどうでも良いとは思っていて、それよりも裕子がどう思っているかが自分の問題だ。
誰でも地位の高い男を望むし、彼女は俺の事『副社長』って呼んでいたからな、地位が無ければ付き合ってはくれないだろう。
”夢叶います”で自分が思った理想を叶えたから、それを手放すのが辛い、解っていた事実が自分を責める。
『やっぱりあんな願いを言わなきゃよかった。』が浮かんでは消えている、これから付き合う筈だったが頭を過る。
会社でやっと副社長の仕事を覚えて、何とか出来る位にはなっていて、それも後悔の残るところだが、そこはいい経験をしたと思えばいい。
これから何をやるにしてもその経験が生きてくる、この会社に固執する必要が無いのが解って良かった位なんだから。
ともあれ彼女に会って付き合って下さいと、ハッキリ言ってそれで断られたらその時だ。
いつもの残業を切り上げて、「お疲れ様。」と言うと怪訝な目で見られた、「もう帰るんですか?」聞いてくる、『そらもう帰るでしょ、もう管理職じゃ無いんだから』と考えて答えた。
「帰りますよ、自分が居ると残業になってしまうでしょ、管理職じゃ無いんだから。」
「そうだけど、急に帰られても・・・・」藤井がブツブツ呟いて、罪悪感を持たせようとしている。
「残業手当高いからって、サービス残業はしませんよ。」ここはハッキリ言っとかないと、なあなあになったらずっとサービス残業になるだろう。
「お疲れ様でした。」口ごもりながら藤井が挨拶をしてくれる、彼には世話になったけど、それとこれとは別だ、法律の問題になるんだから。
残業せず出入り口まで行くと、彼女が帰るところだった、受付は残業は無い、その彼女に合わせてここに来たから、ホッとして声を掛ける。
「お疲れ様。」振り向いてくれとばかりに大声になっていく。
「お疲れ様です、副社長。」彼女は何時もの凪の様な微笑みを浮かべながら振り向いた。
「自分だって判ったの?」声を聞いただけで云われると驚いてしまう。
「私、声の聞き分け得意なんです。」得意げに微笑む。
「そうなんだ、でも副社長は違ってる、今日解任されたんだ、ただの吉岡って言ってくれ。」ちょっと自嘲気味になるのは止められない。
「ふふっつ、ただの吉岡って・・・・」ツボに入ったらしく、口を押えて笑っている。
「大丈夫です、これからは吉岡さんって言いますから。」
「今日さ空いていない?またご飯食べたいんだけど。」矢継ぎ早に言葉を出す、断られるのを覚悟して。