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【小説】失った愛の夢

「好きです。」なんて言葉を簡単に言える人は、いい人生を渡ってきているんだ。

昔の私は本気で思って居た。

失うかも知れない友情と引き換えに、好きなんて言えない、まして相手が好きな人を告白してきていたら。


ホンの小さい時、母に言われてピアノを習っていた、練習は嫌いだったけど、その音は好きだった。

『上手くなりたいな~。』強要された練習をしながら、美しい音を作り上げる自分を想像してみた。

悪魔にフジコヘミングの音を奏でさせてあげると言われたら、その頃の私なら魂を売って居たんじゃ無いかな。

音楽は気持ちを伝えてくれる、きっと好きな人もなんとなく分かってくれるだろう、そんな気持ちが私の中に有った。

そう、私の音は彼女に捧げる音だったんだ、誰も知り様がないけれど。


「あんた、由美子のこと好きでしょ。」智子が私の顔を覗き込みながら話しかけてきた。

「何で?」うんとも違うとも言えない。

「何でって、あんた由美子のこと何時も見てるでしょ、それにピアノ弾く時へったぴな愛の夢ばっかりじゃん。」智子はいつも口が悪い。

「それだけ?それだけじゃないでしょ。」智子の瞳がいつも由美子を追っているのに気付いていたから。

智子の眼が泳ぐ、知られたくないのは私も同じだよ、そう考えて返事を待った。

「私も、私もそうなの。」他の人には聞こえない様に、小さく小さく声を出す。

どんな時代になっても、同性が好きだというのは知られたくない秘密だ、私達二人は秘密を共有していた。

共有すると同時に恋のライバルでもあった、由美子には知られてはいけない、知らせたくないライバルだ。

そんな私たち3人は、時々音楽室でピアノを弾いた、私は由美子への気持ちを込めて、由美子は見よう見まねで、智子はそれをきいているだけ。


ある日、由美子が真剣な顔をしている、智子と2人どうしたのかと思って居ると、どうしようと言った。

「何か心配事でもあるの?」好きな人の悩みを聞いてあげたいのは、誰もそうだろう。

智子と2人で顔を見つめる、彼女の悩みは想像もつかない。

「あのね、吉村が好きなの、でも言えないんだよね。」そうだったんだ、2人とも失恋なんだ。

「告白したら良いんじゃない、ねえ。」智子が私に言ってくる、気持ちとは違う言葉、本当はそんなこと言いたくない。

「うん、告白してみる。」楽しそうな由美子の声が頭に響く。

私の愛の夢は下手なだけじゃなく、哀しくなった、見れない愛の夢がピアノから流れる。


誰かが音楽室で愛の夢を弾いている、上手くは無いけど、優しく言葉を出すように。

音楽室を覗くと、そこには由美子と吉村が居た、私の愛の夢はもう流れる事は無い。

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