【小説】恋の幻想
裕子さんが話したいと言えば、私は何としても時間を取りたかった、私にとっては命の恩人に近い。
良平も優しいし、声を掛けてくれたけど、ここで最初に抱きしめてくれたのは裕子さんだった。
人間は人の温かさが必要で、あの頃の私はそれを失って、自分が無い状態だった。
兄の事も放って置いても良い筈なのに、対応してくれて自分が怪我するとかは考えていない。
友達よりも近くて親よりは遠い存在だって誰かが言っていたのを思って、私の場合は親よりももっと近いかも知れないと考え直した。
「裕子さんと一緒に一晩話が出来るって嬉しい。」家出をして慰めて貰って以来だ。
お姉さんってこんな感じなのかなふと思う、世間では仲の悪い姉妹も居るって言うから、こうじゃ無いんだろう。
裕子さんも嬉しそうに私の顔を伺っている、何だか好きな人の表情を見ている中学生のようで、私も楽しくなる。
「二人で俺の悪口言うんじゃ無いだろうな、これで忍が止めたって言ってきたら俺立ち直れないよ。」本気ともつかない声で良平が言ってくる。
「何言っているの?私の時にそんなに凹んでなかったでしょ、何が有っても平気なくせして。」と裕子さんが答えている。
そうだこの2人婚約していたんだ、チクッと心に何かが刺さってくる、裕子さんは良い人だけど、良平と結婚の約束が有ったのは事実だ。
その頃の2人を知らないとはいえ、良平を奪ってしまったのは悪いと言う感覚が消えない。
「裕子が婚約破棄って言ってくるのは予感が有った、だからだろうなと考えて自分に言い聞かせてたからな、実際裕子は他の男とも付き合ってただろ、でも忍に言われたらちょっと立ち直れないな。」こちらの顔を見ている。
「私はそんなこと言いません、嫌な所が在っても好きに為ったんですもん。」顔を上げてハッキリと言う。
「ハッキリ言うようになったね忍ちゃん、ここに来た時には何だか自信なさそうだったけど。」と裕子さんが拾った猫が、大きくなったみたいな感想を続けて語る。
「前からハッキリ言っているよ。」良平と2人一緒に声を出してしまった。
3人で顔を見合わせて、ゲラゲラと笑ってしまった、裕子さんの知らない私が言葉に喜んでいる。
「仲良しだよね、一緒に言葉が出るんだね。」裕子さんが少し羨ましそうな声だ。
「そうでもないよ、普通だよ。」良平が答えている。
それにしても何故婚約を解消したんだろう、私が良平さんと結婚するのを喜ぶんだろう。
その疑問は結婚前に話をする時間に聞いてみる事にしよう。