【小説】飛鳥のオアシス
暑い日だった。
母と叔母が飛鳥に行こうと言ったので、従妹と私も一緒に飛鳥探訪に行った。
京都や奈良の駅前に行くと、お土産物屋が並んだり、座って飲み物を飲む所くらいはあって、飛鳥にもそんなお店が一軒や二軒はあると思って、飲み物も食べ物も何も用意していない旅だった。
最寄駅から自転車に乗って、古墳や天皇陵、お寺や亀石と言った古代にドップリ浸かる旅を想定していたみたい、子供としてはどこでも行ければ楽しい位のものだった。
普段あまり自転車に乗らない4人組は、思いのほか厳しい光を体に受けて、もう観光よりも何処か涼しい所は無いかと探していく。
「喉乾いた。」従妹が声を出す、暑くてどこまで行ってもお店らしき場所が無い、自動販売機も無い場所である、自転車に嫌気がさしていた。
「うん私も。」従妹の言葉に同意すると、何でも真似するんやなーと言われるので、いつもは同じ言葉は使わない、でもあまりに暑いので同じ言葉になってしまう。
「何処かに水飲む所ないかなー、お茶か水が欲しい。」母も言い出したので、大人でも暑くて喉乾いてるんだな、未だ小学生の私は何となく納得した。
「あれっ、あっこにお店があるんとちゃうん。」叔母が指さした先には、近所の駄菓子屋よりも小さい店。
「あんなとこあんの?」いつも行く駄菓子屋よりも小さいその店を見て、思わず従妹が声に出す。
「なんかあるやろ、大丈夫やに。」母と叔母の姉妹は二人とも呑気に言っている。
近づいてゆくと、小さな土産物店だった、私にとっては年配に見えるご夫婦が居て、暇そうに団扇であおいでいた。
「いらっしゃい。」男性の方が声を出す。
ここは麦茶でもお金とるんだ、その頃はまだお茶を買う習慣が無かったから、麦茶100円と書いてあるのにびっくりして、二度見した。
喉カラカラの私たちは、渇きを癒すのが大事で、従妹と私は一緒に声をあげた。
「麦茶。」「麦茶。」「麦茶。」喉が渇いているので、お茶以外は要らないとばかりに麦茶を頼む。
「私はかき氷頼もうか。」叔母ちゃんがポツリと言って、小声で麦茶ばっかり頼んだら悪いやろ、と続けた。
「姉ちゃん、ここは麦茶有料やで。」母も小声で答えている。
「ほんまや、お金とんのやったら、麦茶でええわ、甘いの食べたらまた喉乾く。」そう言って大きい声で「私も麦茶。」
小さな屋根の中のオアシスは、暑くなった喉と体を少しの間冷やしてくれた、今度また飛鳥に来たらここで麦茶飲みたいなと言いながら、家路についた。
数年後、同じように飛鳥に向かった時にはその店は無かった、そこに店が有った気配すら消えていた。
何だったんだろうな、あれは?