【小説】挨拶をする
雨が降っている、梅雨の時期は当たり前だが、気が重くなることが有るときに限ってに感じる。
「嫌な雨やね、傘がいるわ。」学校に行こうとすると、母が声を掛けてくる。
反抗期って訳では無いが、責めるしか知らない人だったので、天気の話題くらいしか話すつもりは無かった。
「傘差していくわ。」一言だけ答える、弟は何も答えない、朝は機嫌が悪いのだ。
母は弟を可愛がっていて、明らかに弟には気を使っていた、弟はそれをいいことにちょっとした暴君になっていた。
朝は弟が声を出さないので、我が家では挨拶は無くなってしまった、一人が挨拶をしなくなると、習うように他も挨拶を辞めてしまう。
いってらっしゃいも無いいつもそうだ、母も仕事に行くので忙しいのか、いってらっしゃいさえ言いたくないのか、ずいぶん昔から挨拶は省略されている。
一般的な家庭がどこもこうなのかは知らないが、我が家では誰も挨拶をしなかった。
「おはよう。」
「行ってらっしゃい。」
「気を付けて。」
「お帰りなさい。」
挨拶は人間の基本だと言う人もいるが、その意味では我々は人間じゃなかったのかもしれない。
その代わりに天気の話題をする、雨だったり、天気が良すぎて暑くなりそうだったり、風が強いとか。
天気の話題は無難だって言われるが、それさえも面倒くさそうに、話している。
両親とも働いている我が家で、主に家事を担っているのは私になる、中学校に入った時に、母に宣言された。
「お母さんは家の事はするけど、仕事があるんやで、できんことの方が多いんよ、あゆみ、あんたがやってくれやんと家が回ってかへんからしてな。」
優しくいってるつもりだろうがこれは命令だ、やりたくないと言ったところで聞くわけじゃないのは解っている。
「私がするの?」小さい声で聞いた。
「あんたがやらな誰がすんの、光彦は男の子やから家事なんてしいへんやん。」彼女にとっては、男女差別は当たり前の話、いうだけ無駄な言葉は全てお腹に溜まっていった。
中学生に家事を任せようなんて児童虐待だ、今ならそう言ってしまうのだろうが、中学生は外の世界は知らないので、これが普通だと思っていた。
家事はする人間は皿を割ったり問題を起こす、しない人間は何もしないのだから、問題視されない、何もしなかったのは罪にはならないのだ。
「あんたばっかり皿割って、本当に困ったもんや。」仕事をしたほうが叱られて、何もしない方が褒められる、不思議な逆転現象が起こっていた。
家を離れた私は、天気の話題はしない、挨拶をするのだ。
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