【小説】閉じ込められる
其処に何もかもがあった訳ではない。
基本的に生きるのに必要な物は揃っている。
「まだ、めざめないか?」
父の声が聞こえる。
「ええ、そんな気配は無いわ。」
母が答える。
『止めてよ。ちゃんと解っているんだから。』
私の声は届かない。
「いつまでこんな事が続くの。」
絞り出すような声で、母は呟く。
「気長に待とう。」
父はいつも他人事の様に答える。
『私は解っているの。』
『声が出ないだけ。』
出せない声を発する。
いや、出せない。
ガチャガチャ、ゴロゴロ、音がする。
「お世話になります。」
母の声だ。
「今日も検査させてもらいますからね。」
看護師さん。
ここにいて、私を人間扱いして話してくれるのは、
看護師さんだけだ。
「痛くない?」
『痛くてもするんだよね。』
意地悪な気持ちになる。
ハッキリわかるのに、誰も解ってくれない。
心も言葉も発する物は全て、
体の中に閉じ込められている。
「また来るからね。」
両親は長時間は居ない。
長くいても、私が話し出すことは無いと思っているのだ。
『一緒に帰ろう。』
『早く帰って来て。』
私の思っている言葉が出ることは無い。
私は、体という部屋に意思表示が一杯になっていて、
誰かに鍵を開けて欲しくて堪らなかった。
遠くで声が聞こえる。
「先生、治るんですか?」
「何とかして下さい。」
「意識はあると思われますが。」
「こんなの生きてるって言わないですよ。」
『死んでないよ。』
この部屋から出れない思いに、
身悶えしていた。
医療は私の体を置いていくんだ。
自分ながら、そう思っていた。
何日たっただろう、
「目はあけますか?」
光が目に入った。
「眩しい。」
声が出た。
「先生、声が出た。」
「良かった。」
助かった、まず思った。
キョロキョロ、部屋を見回す。
白い部屋。
病院だとしても、なんにもない。
「分かりますか?」
「何が?」
「何処にいるのか?」
「解るわけないでしょ。」
「ここは貴女の家です。」
「この、何にも無い所が。」
「母と父は?」
「幾分か前に亡くなりました。」
「えっつ。」
「貴女の事を心配して、自分達が死んでも貴女が生きてゆけるように
この部屋を用意していたのです。」
「あたしは如何したらいいの?」
「ゆっくり考えてください。」
よく見ると、先生も看護師さんも年を取って見えた。
「鏡を見せて。」
閉じ込められた私だけが、
記憶の中の自分だった。
変わらない。
閉じ込められた自分は、
幸か不幸か?