第10話 ひろいサウナ(広の湯)で、私とあなたが「整う」まで
こんにちは。サウナのサチコです。
私の記事も今回で10話目になりました。「整いたい」と言いながらちっとも整わない私の旅に、ここまでお付き合いくださって本当にありがとうございます。今回は10話目にふさわしいかなりパンチのきいたサウナ、「ひろいサウナ(広の湯)」に行ってまいりました。
こちらの最寄駅は南鳩ヶ谷駅のようですが、私は草加駅からバスに乗って行くことにしました。約20分乗って、朝日3丁目というバス停で下車し、そこから5分ほど歩きます。見逃してしまいそうな小さなアーケードの奥に、それはありました。
もうこの佇まいだけで、2時間のサスペンスドラマが始まってしまいそう。夕暮れ時のように見えるかもしれませんが、到着したのは14時過ぎ。空はまだ、こんなに真っ青でした。
サウナイキタイの情報では、入館料が1000円と書かれていましたので、「ひろいサウナ 入浴料金1000円」と書かれた手前のドアに手をかけました。
でもあれ? 奥にあるもう一つのドアに「女性サウナ」とあります。女性はあっち? じゃあ手前のこれは男性用? 迷う私の脇を女性客が通り抜けて行き、奥の扉を開いて中に入って行きました。私もそれに続くことに。
中は昭和の銭湯そのもの。こんな傘立て、初めて見ました。
下足入れも木札を抜くタイプで、最近ではファミレスの「藍屋」でしか見たことがありません。慣れた手つきで券売機にお金を入れる先ほどのご婦人。迷わず「大人」のボタンを押しています。でもよく見ると「女性サウナ」と書かれたボタンもある・・・。
うーん。
「大人」と「女性サウナ」の料金を足すと1050円だから、サウナイキタイに書いてあった料金と近い。値上がりしたのかな。迷った挙句、ご婦人に声をかけました。
「サウナとお風呂、どちらにも入りたいのですが、どのボタンを押せばいいんでしょうか」
するとご婦人は、
「さあ、 サウナ入ったことないから」
と笑顔。
え。サウナ入ったことないの? ここ有名なのに? 心の中で呟く私の顔を、涼しい顔で見つめるご婦人。
「中に入って聞いてみたら?」
ごもっともです。中に入り、カウンターに立つおばちゃんに聞いてみると、「女性サウナ」の券を買えば、サウナにもお風呂にも入れるということでした。早速券売機に戻って「女性サウナ」のボタンを押しました。
おばちゃんは自分の胸の高さまであるカウンターに、オレンジ色のタオルを3枚置いて、
「バスタオルと普通のタオルと、これはサウナマットね。サウナに入るときに敷いて。帰るとき、タオルは全部ここに返してね」
とにっこり。
はい。 行ってきます。
タオルを受け取って振り返ると、すぐに小さな暖簾が二つ見えます。右手、女湯の暖簾をくぐりました。
ホームページなど無い、昔ながらの「広の湯」。どんなところか中を知りたい方もいるかもしれません。脱衣所で必死にノートにメモした、私の下手な見取り図をどうぞ。下が入り口になります。
入り口横のロッカーで着替えていると、
どうだった?
と後ろから突然、声をかけられました。女性はすでに裸だったので、一瞬誰に向かって言っているのかと戸惑いましたが、どうやら先ほど玄関でお会いしたご婦人のようです。
「女性サウナの券を買うように言われました」と答えると、
「そうなの、私サウナに入ったことないから」
と、さっきと同じ答えを繰り返して、微笑んでいました。
10話になる今の今まで、私は一度も裸のお客さんに話しかけられたことがなかったので、ちょっとほっこりしました。
さていつもの通り、普通のタオルと体を洗うナイロンタオルの2枚を持って、お風呂にGO。
床はタイルです。「石鹸をよく落としてください。床がすべります」という貼り紙が目に入ります。水風呂の前にはケロリン洗面器が重なり、その横には高さの違うおふろ椅子が2種類あります。腰の痛いご婦人は、高さのある椅子の方を使うようにできているんですね。洗面器と低い方の椅子を持って、洗い場に向かう私。何かいつもと違う雰囲気に戸惑いつつ、鏡の前に座りました。
そして、ようやく気がつきました。
ない。
ボディソープもシャンプーもリンスも、何もない。
隣で髪を洗っていたご婦人が、手ぶらの私を不思議そうに見ています。周りを見ると、みなさんマイバッグを持っていて、その中にバスグッズを入れています。
そうか、ここは銭湯なんだ。
そういったものは、全部持参しなければならなかったのです。慌てて洗面器と椅子を戻し、ロッカーで再び洋服を着て、脱衣所を見回しました。もしかしたらシャンプーなどを売っている自販機があるかもしれないと思ったのです。しかしそんなものは、、、ない。
女湯の入り口あたりでうろうろしている私の足が、暖簾の下から見えていたのでしょう。カウンターのおばちゃんが「どうしたの?」と言いながら心配して脱衣所まで入ってきてくれました。
「あの、シャンプーや石鹸、売ってますか?」
「あるよ。 忘れちゃった?」
と終始笑顔のおばちゃん。「なんだ、持ってこなかったの?」じゃなくて、「忘れちゃった?」と聞くおばちゃんに、深い優しさを感じました。
色々なサウナ施設を巡るようになって、シャンプーやボディソープは当然洗い場に置いてあるものと思い込んでいました。自分の奢りを反省しつつ、おばちゃんについて行く私。おばちゃんはカウンターの上の透明なケースの扉を開き、3つのミニ容器を取り出しました。
「これがシャンプー。これがリンス。それからこれが体洗うやつね。3つで・・・えっと、100円」
安っ。
上のおばちゃん粘土人形の横に写っているボトルが、その実物です(笑)。実際はおばちゃんの手のひらに3つともおさまってしまうくらいの、小さなボトルなのですが。
ようやく準備が整った私は再びお風呂へ。お風呂ももちろんメモしましたよ。
電気は一つも点いていないのに、外の光だけで十分明るい。ここは刺青オーケーなので、どんなお姉さんに会えるかと期待していたのですが、平日の午後は常連の高齢のご婦人ばかりでした。よくある「席を取らないで」などという貼り紙は一切なく、皆さん、ご自分のお風呂セットを堂々と蛇口の前に置いて陣取りしています。
個々のシャワーは固定式で、ヘッドだけが手動で前後に動きます。髪についたシャンプーの泡を隅々まで洗い流すには、ヘッドの傾きだけでは難しく、おふろ椅子に座ったまま自分がくるくると回ることになりました。あ、ちなみにシャワーは、自分で止めるまで出続けます。もちろん「シャワーを止めるのを忘れないで」という貼り紙も見つけました(笑
体を洗い、お風呂に入った後、思わず通り過ぎてしまいそうな端っこに存在するサウナの入り口を発見しました。「サウナに入るには、サウナバンドをつけてください」という貼り紙がありましたが、バンドなんてもらったっけ。貼り紙だけ残して、いつのまにか無くなってしまったルールなのでしょうか。
古い事務所のようなドアを開けると、奥に細く長い6畳弱くらいの空間が見えます。遠赤外線サウナです。右手のストーブがかなりのスペースを占めているため、最初は狭いという印象。座るところは2段ありますが、1段1段に相当な高さがあります。閉所恐怖症気味の私は少しでも広い空間を求め、思い切って一番上の段に座ることにしました。が、熱さは下段よりもむしろ穏やか。狭いので下段のストーブの前が、一番熱いのではないかと思われます。
サウナの入り口からも日光が入ってくるので、室内はかなり明るく、圧迫感はそれほどありません。上段に座れば開放感すらあります。温度計はありますが(80度)、いつもの12分時計はありませんでした。壁にかかった5分の砂時計が一つと、上段に転がる熱を帯びた3分の砂時計が三つ。これで時間を測るようです。
5分の砂時計をひっくり返しました。
奥ではテレビがついていて、東日本大震災の話をしています。私が「広の湯」を訪れた日は、震災からちょうど9年目。しかもまさに地震のあった時刻だとわかりました。
確かあの頃も、地震の後は様々なイベントが中止になり、自粛ムードがありましたよね。現在の状況と比べるのは間違っているのかもしれませんが、地震後のサウナはどうだったのだろうと気になりました。
ニュースはやがて現在のコロナの話題に変わりましたが、「不要不急の外出は控え、人が密集する場所には行かないこと」と、キャスターが繰り返し伝えています。
8分でサウナを出て、水風呂へ。温度計が壊れていて0度になっています。15度を切るとかなり冷たいという体感なので、おそらくここは16度くらいはあるかなと思いました。ぶくぶくと弱めのバイブラ(と言うのでしょうか)が体を刺激します。水風呂を出ても、外気浴をする場所はありません。もちろん洗い場にベンチもありません。お風呂イスに座って鏡に映る自分を見る。あるいはお風呂で半身浴しながら壁一面の富士山の絵を眺める。それがここの外気浴です。いや、内気浴かな(笑
内気浴しながら、他のお客さんの様子をぼんやり見ていました。私がいる間、サウナを利用する人は一人もいませんでした。この「広の湯」に夕方訪れる人たちは、長湯などせずにみんな30分ほどで帰って行きます。次々に入れ替わる人たち。知り合いに会ったのか、一人のご婦人が「今夜のおかずが浮かばないから、ひとまずご飯だけ仕込んできた」と話しています。夕方、ご飯を仕込んでから自転車で、あるいは徒歩でやってくる銭湯。ここは娯楽施設ではありません。三度のご飯を食べるのと同じように、お風呂に入りにくる所。おそらく生活の一部なのでしょう。脱衣所でマスクをしている人も、まったくいませんでした。
「不要不急の外出禁止」
「密集した場所での会話や飲食は避ける」
「お年寄りは特に注意」
そういった言葉で、すべてをひとくくりにはできないと思いました。
あとから知ったことですが、「ひろいサウナ」とは、男性サウナのことを指していて、女性のサウナはこの「広の湯」という銭湯の中にある、小さな80度のサウナのことでした。私が読んだ「ひろいサウナ」に関するサ活情報は、ほとんど男性のものだったことに気づきました。つまり120度もあるという有名な隠れ家的「ひろいサウナ」は、男性だけのもの。そんな男性優位のところも、また昭和です。
決して批判しているのではありません。むしろ私は「広の湯」の女性サウナが、これまで入ってきたサウナの中で一番好きでした。設備的にどうなのかは私にはよくわかりませんが、夕飯を作る前に、あるいは家事を終えた女性が少しの間だけ一人になる時間、小さな空間という雰囲気がとてもあるからです。
ここでやっと一人になれて、泣いた人もいるんじゃないかな。なんてことを考えていたら、サチコも泣けてきました。
いや、ただ流れる汗が目に入っただけでした。
どうやら居心地が良すぎたようです。最後の最後で5分の砂時計を3回ほどひっくり返してしまいました。今回も「整った」と実感することはできませんでしたが、回を重ねるごとに心の方だけは、整いつつあるような気がしています。
脱衣所で着替え、髪を乾かそうとしたら、ドライヤーが有料でした。3分で20円。たった3分で乾かせるだろうか。自分が普段どれくらいの時間をかけて髪を乾かしているのか、考えたこともありませんでした。ドライヤーは1台しかないので、他の方のことも考えると絶対3分で終わらせなければ。
まずバスタオルで髪の水気をよく拭き取ります。それからブラシで髪を丁寧にとかして、ドライヤーの風がよく通るように準備します。20円を入れて、いざスタート。ドライヤーは頭の上部から下向きに当てると髪がよく乾いて、ツヤが出ると聞いたことがあります。こんな風に髪を乾かすという作業に集中していると、3分でも8割くらいは乾かすことができました。
身支度を終えて時計を見ると、入館してから2時間が経過していました。あっという間です。余計なものが一切ない場所。それなのにとても満足できました。
カウンターのおばちゃんに声をかけ、タオルを返します。小さな休憩所でビールでも飲みながら、もう少しおばちゃんと話してみたいと思いましたが、もちろんそんな勇気は出ず。そのまま「広の湯」を後にしました。
外に出てから、もう一度建物を振り返ります。名残惜しいと思ったのは、これが初めてでした。
滞在時間 2時間
入館料 600円(銭湯とサウナ)
〈ちなみに男性サウナは1000円です(サイダー付き)〉
シャンプー、コンディショナー、ボディソープの3点で100円
合計 700円
「広の湯」は私にとってお気に入りの場所になりました。マイページの写真をこちらに替えようかとも思いましたが、「整う」という点から見たら、草加健康センターの方がやはり一番近いところにある気がしたので、現状のままにいたしました。
次回は「ふくの湯」です。
埼玉県川口元郷駅で、お待ちしています。
冷たい雨の降る土曜日。今夜も皆さんが整いますように。
サウナのサチコより。