大先輩・木内みどりさんのこと。

2022年シネマハウス大塚にて木内みどり特集が組まれた。沢山のプログラムの中、「ルネ・ポレシュと木内みどり」というひとコマに私は映像編集で協力、当日はzoomで参加した。みどりさんには大変お世話になっており、急逝なさってからその事実を受け止められずにいたので、振り返る良い機会を頂いた。私の撮影したみどりさんの映像を全部見返して、今みどりさんは何を言いたいかなと考えながら遠いドイツで編集して、当日はzoomでみどりさんとの思い出や私のみどりさん論を話させていただいた。

みどりさんとの出会いは2006年2月tpt の稽古場で。発端はそれより4年前のこと。2002年、私はルネ・ポレシュとベルリンで出会い彼の作品を観て、これは日本に紹介したいと意気込んで、tpt の門井さんに「是非ポレシュとサチコとtpt で仕事させてください!」と頼んだ。そして「皆に伝えよ、ソイレントグリーンは人肉だと」の日本バージョン制作は実現した。なのに当時ブルク劇場専属だった私はスケジュールが合わず出演出来なくなり、しかしtpt での稽古始めに合わせてちょっとだけ帰国してご挨拶しに行った。そこで出演出来ないのがやっぱり悔しくなってグズグズしていた私に優しく接してくださったのが出演者の筆頭であるみどりさんだった。私が子供の頃からテレビで見ていた大スターさん、だけどストレートに誰とでも対等に接する人なんだなあと思った。

そして2012年の再会。当時ドイツで広島原爆伝承プログラム「ヒロシマ・サロン」を始めていた私は、みどりさんに日本の原発問題についてお話をうかがった。なぜみどりさんがデモに参加するようになったか、その理由を語る当時のインタビュー映像を今回シネマハウス大塚の特集に合わせ編集した。ここで語るみどりさんのまっすぐでまっとうな言葉。晩年は政治的な人と思われていたかもしれないけど、みどりさんの活動の原点は全人類への愛情であることが分かる。大きな人だった。

それからみどりさんと一緒に舞台に立つという貴重な経験をしたのが2016年。私がハンブルクで出演するルネ・ポレシュの新作「ロッコ・ダーソウ」が革新的に分かりやすいポレシュ芝居だとドイツで評判だったので、ゲーテ・インスティテュート東京にお願いして、日本語訳リーディング公演をやらせていただいた。その時みどりさんに真っ先にオファーした。すぐに快諾してくださった。ハンブルクの出演者は4人なので、日本でも4人にした。みどりさん、古舘寛治さん、安藤玉恵さん、そして私。ルネ・ポレシュのドイツでの舞台には、映画や舞台の大スターがこぞって出演している。演技力を求める芝居じゃないからこそ、出たい、やりたい、というスターさんが多い。日本でも、私を除く3人のスターさん達が実に見事にポレシュの台詞を体現していた。

一緒に舞台に立って台詞を交わすみどりさん、プライベートでお宅に招いてくださりいろんな話をするみどりさん。私にはその2つはなんの矛盾もなくひとつに繋がっている。それは、どんな会話でもテーマでも、みどりさんの言葉は常に明瞭な意志と考えに基づき、一点の曇りもなく、しかも誰にでも分かりやすく言うという全人類への優しさと愛情に満ちていたから。

と同時に、俳優としての神がかった演技力。一流の俳優にしかないナイフのような鋭さをみどりさんが持っているのを、横にいてひしひしと感じた。

ドイツで嬉しいこと、挫けそうなこと、何につけてもみどりさんにメッセージしていた。すぐに返信が来た。いっぱいいっぱい励ましてくださった。いっぱい褒めてくださった。帰国の度にお宅にお邪魔して、私の話をいっぱい聞いてくださった。面白いお話を沢山してくださった。

あんな人はもう2度と出会えない。それに気づくのが怖くて、今回の特集に誘われるまでみどりさんのことは封印していた。

今回私が編集したのは「ロッコ・ダーソウ」リーディング公演記録映像、そのアフタートーク映像、ベルリンでのルネ・ポレシュ最新インタビュー「みどりさんとの思い出」、そして「ヒロシマ・サロン」用に撮影した2012年のみどりさんのインタビュー、デモでのみどりさん。いっぱいみどりさんを見て悲しくなるけど、でもいつもみどりさんは私にエネルギーとパワーをくれるなあと再確認した。出会えたことに感謝しかない。

ルネ・ポレシュにインタビューしていた時、窓から熊ん蜂が入ってきた。私が思わず「みどりさんだ!」と言うと、ルネが「そう思うのって日本固有の何か?」と聞いた。熊ん蜂はインタビュー中ずーっとブンブンと飛び回っていた。その映像をお見せしたら、みどりさんのご主人である水野さんが「あの蜂はみどりです。みどりは蚊やハエにはならない。熊ん蜂だ」とおっしゃっていて、それをまたルネに伝えたら、とても喜んでいた。ルネの新作に蜂が出てきたら、それはみどりさんのおかげです。

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