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ろまんチック❤ヒコーキラプソディー②

《第2話 Fに乗る人》
ボーイング777の楕円形の窓にシャンパングラスをかざす。

青い空と雲海の粒子がキラキラと金色の泡に重なりまるでスノードームのようだ。

実に美しい。

これからファーストクラスでパリに向かう。
俺(乗竹正夫)は43歳。ファーストクラス搭乗は今回で5回目になる。


座席数は8席。有償でこの席に座るには週末だったら往復で200万円以上はかかるだろう。

でも、俺はタダで乗っているのだけどね。

いや、タダと言うのは正しくないかもしれない。

宇宙航空のマイルを貯めて1年に一回、180000マイルを特典航空券に交換してファーストクラスに乗るのが俺の生きがいなのだ。


年々マイル交換に関しては改悪があり、交換マイル数も昨年よりかなり多く支払わなければならないが、実際、俺みたいな、平サラリーマンは、ファーストクラスを自腹で乗ることは夢のまた夢。

日常の俺は、まーまー名が知れている上場企業勤務だが、昼飯は出先で松屋の牛丼か、富士そばで済ませ、夜はおふくろの作ったアジフライとポテトサラダの夕食を腹におさめ、平日は酒は飲まない。

唯一、ヒコーキの中で飲む酒だけが(ただ酒ともいう)
一番の娯楽だ。

日頃の買い物やマイルが2倍、3倍と増えるお得なカードを10枚くらい持った上にいろんなポイントサイトを経由して着々とマイルを貯め続けている。もちろん光熱費などもサイトを経由してのクレジット決済である。コンビニの100円ほどのコーヒーも毎回カード決済で、ちりも積もればの涙ぐましい努力を続けている。

年に3回は30人程の宴会の幹事を引き受け全て俺のクレジットカードで決済して利用ポイントをマイルに移行。そんなセコいことを積み重ねて、ファーストクラスの旅は実現できているのだ。

さて、ファーストクラスの機内で、まずはシャンパンで独り乾杯だ。

日本からの長距離便のファーストクラスでは、普段飲むことは出来ないシャンパンが提供される。宇宙航空のパリ便に「サロン」が出るというのは、ちゃんと下調べしておいた。

シャンパーニュ (サロン)は、希少性が高く入手困難なことから「幻のシャンパン」とも呼ばれている。機内で提供しているのは世界の航空会社でも宇宙航空だけだから、それだけでもファーストクラスに乗る価値はあるとも言えよう。

高級クラブで飲めばボトル1本軽く30万は超えるものだ。高級クラブには行ったことがないから確かめてはいないが、、、。

「鶴竹様、お飲み物は同じものでよろしいでしょうか?」
シャンパンのグラスを窓にかざして楽しんでいたところを見られたようだ。

「何度も注ぎにくるのは、面倒くさいだろうから、ボトルで置いてってくれる?」

「かしこまりました、他のお飲み物をご希望でしたらお申し付けくださいませ」

ほほー。
サロンをボトルで席に置いてくれるのは珍しい。そうか、今日のファーストクラスの客は俺を含めて3人。サロンは3本は積んでいるはずだから、たっぷりサービスされても足りなくなることはない。
しかも他の席は扉を閉めていたので、食事もろくにせず、もう休んでいるのだろう。

ファーストクラスを堪能するというミッションを1年間楽しみにしている俺とは違う人種は睡眠が1番の贅沢なのだ。
存分寝たまえ、、、、、世界を動かしている人たち。


オードブルがやってきた。黒い固まりのように見えるが

もちろん!

これがキャビアである。


ファーストクラスに乗るまではキャビアたるものの存在自体知らなかった俺。
瓶ごと、「お好きなだけどうぞ」と出されても、最初は食べ方がわからなかった。

だがどうだ、ファーストクラスでは今や常連の俺である。
ゆで卵とサワークリームとオニオンをさっと混ぜカリッと焼いたトーストに軽くのせ、その上にこぼれ落ちるくらいにキャビアを盛る。ライムを絞れば完璧だ。

目隠しされて、プリンに醤油をたらしたものをウニだと言われても、良くわからない味音痴だが、このキャビアとシャンパンは別格だ。
今日はこのサロンをボトルで2本は飲もうと張り切っているのだ。そしてチェイサーにオーダーしたのはロイヤルブルーティー。

ワインボトル入りの高級茶だ。これもボトル1本市場価格10000円と思うと、ただの茶だとは思えないくらい香り高い風味を感じる。こちらも飲み放題である。

こうして、フルコースでの食事を2時間ほどかけて堪能したあとはお昼寝といこう。しっかりファーストクラスを楽しむためには時間配分も必要だ。

リラックス用のパジャマに着替えると眠気が襲ってきた。普段はあまり酒を飲まないのだが、こんなお値段のシャンパンは一生ヒコーキの中でしか味わえないので、つい飲みすぎた。

仮眠することを伝えるとCAさんが、長方形型の布団を手早くセッティングしてくれる。

ボタンひとつで仕切りが上がり個室のようになる。飛行機内で、エコノミークラスで足を縮めながら座って寝る人を少し憐れんでしまうよ。

羽田からパリまでは約12時間のフライトである。
2時間くらい仮眠をしようと横になったのだが、目覚めたら、到着まであと1時間であった。

しまった!ちゃんと起こしてくれるようにたのんでおくべきだった!俺としたことが。
ファーストクラスを堪能するはずだったが、フライトの半分は寝てしまった。
いや、これから朝食を食べなければ。

これもファーストクラスならではなのだが、どんな時間でもこちらの要求を叶えてくれる。

「悪いけど今から何か食べられるかな?」

ちょっと年配の多分チーフパーサーであろうCAが
「かしこまりました。もう少しで着陸態勢に入るため、できる限りご提供致します。」

それからはスゴい勢いで皿が並び、半分くらい食べたところで、撤収となった。シートベルト着用サインが点灯したのだ。
せっかくのファーストクラスの食事が、ラストでこんなことになり残念でならない。1年後又、特典航空券で搭乗出来たら、改善策を完璧に考えねば!

感動のパリ便でのファーストクラス搭乗だが、フラットで寝られる贅沢に酔いながら、よく考えると最終電車に乗り遅れた時に使うカプセルホテルくらいの広さなんだよな。
まー、それを言うのはヤボというものだ。

俺はファーストクラスの男なのだから。


 ③「又お会いしましたねと言わないで」につづく


※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。     

※《F》
ファーストクラスの略ファーストクラスの航空券のことで飛行機のキャビンクラスのひとつです。 航空券の券面には単に「F」とだけ表示されているケ-スが多いです。

※《サロン》
サロンの一番の特徴は、グランクリュ(特級畑)であるメニル・シュル・オジェのシャルドネを100%使用したのシャンパーニュであることです。非常に希少価値のある優れたシャンパーニュです。

※《キャビア》
キャビアは、チョウザメの卵巣をほぐしたものの塩漬けでオードブルなどで供される高級食材です。 

※《ロイヤルブルーティー》
茶葉と水だけで造る完全無添加のワインボトル入りのお茶で2016年に開催されたG7伊勢志摩サミットでふるまわれた高級茶です。

※《リラックス用のパジャマ》
ファーストクラスでは、お持ち帰りも可能なスエット上下。この他にも化粧品、耳栓、歯ブラシ、アイマスクなどが世界のブランドのアメニティポーチに入っています。

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